染まる

「ほら、次!髪も巻くよ!」
「もう十分っす姉さん…」
何言ってんの!あの杉元くんとデートなんでしょ!今日気合い入れないでいつ入れんの!とお叱りを受けてしまう。
普段メイクしても手順も何も考えず、ただファンデーションを塗りたくってリップを適当に引くくらいしかやってこなかった。このままでは自分の不細工さ加減を隠し通せるはずがないと察していた私は事前に女子力の高い同期兼オタク仲間の彼女に救援要請を送っていた。

事のあらましを話すと「あの名前が、あの杉元くんと!?」とテンションがぶち上がった様子を見せた。なにかが友人のやる気スイッチを押してしまったのかそれからは出かける本人よりも気合が入ってしまい。その圧と勢いに押され、私は着せ替え人形の如くされるがままに「もうどうにでもしてくれ」と半ば遠い目で身を任せた。

服もはじめは自分の持っている中でも綺麗目なものをチョイスして着ていったつもりだったが彼女の家に着くなり「地味すぎる」とばっさり切り捨てられてしまい、結局一式お借りすることになってしまった。
襟ぐりが開きすぎた服や丁度膝が見えるくらいの丈のスカートを着せられそうになったときは流石に拒否したが。別に嫌いなわけではない。服自体はとってもかわいらしくてどちらかと言えば好きな部類のものだった。でもそれを自分が着るとなると話は別だ。自分はかわいくもなければ綺麗で美人なわけでもない。スタイルもずば抜けていい方ではないしどちらかと言えば平均より少し太ましいくらいだ。私なんかが着こなせるはずがない。似合う似合わないの応酬でひと悶着揉めた結果根負けして友人が折れ、妥協案でボトムスは足の太さが目立たないロングスカートという結論に行きついた。

頼んだ手前こんなことを言うのもなんだが、もう解放してほしい。
メイクされること小一時間、この時点で飽き始めているというのにまだ続くのか
「いやでもこれ以上気合い入れすぎても逆に引かれるって…程々でいいよ…」
「大丈夫、髪は軽く巻くだけだからすぐ終わらせるよ。大体あんたの程々に付き合ってたら女っ気ゼロのまま行っちゃうでしょ。そんなの駄目、絶対許しません」
「なんかすみません…」

「ほら、出来たよ。うん、かわいい。我ながら天才的だわ」
「お、おお…」
ほら、と差し出された手鏡を覗くといつもより血色の良い自分の顔が映っていた。いつもは眠たげで重いまぶたにも星を砕いたようなキラキラが散りばめられていて幾分かぱっちりと大きく見える。普段つけてたとしても保湿のためのリップクリームか派手すぎない薄めの色のリップだから、林檎や苺みたいなつやつやとした真紅のルージュなんて初めてだ。色を見せられた時は派手すぎるとぎゃーぎゃー騒いでいたが全体的に化粧が施されていれば案外浮いたりしないものなんだなぁと深く感心してしまう。

「すごい、魔法使い?」
「んなわけないでしょ。名前もメイクに興味持てばこれくらい変われんのよ」
「私には一生無理だわ……でもありがとう、これでなんとか杉元くんの数歩後ろを歩く程度なら許される気がする」
「わざわざ手伝ってあげたんだから胸張って隣歩きなさい!」
「あだっ!?」



物理的に背中を押され友人宅を出た後は特に何のハプニングもなく順調に目的地への距離を縮めていった。
集合時間十五分前。このまま行けば遅刻することはまずないなとほっと息をつく。少し早かったかなと思いつつ目的の場所まで歩を進めるとそこには既に杉元くんらしき姿が見えた。
待って杉元くん早くない?何分前から居たんだろうという疑問もそこそこに「待たせてはいけない、」という気持ちが勝り慌てて歩く速度を早める。
流石に駆け足では周りの目を引くだろうという羞恥心に打ち勝てず、出来る限りの早足で彼のもとへ向かう

「杉元くん…!」
「っ、」
「すみません、待たせちゃいましたか?」
恐る恐る話し掛けると目を見開かれる。微動だにしないんだが大丈夫だろうか。やばい、怒らせちゃったかな。


「す、杉元くーん?あの、もしかして遅れたこと怒ってます?すみません、一応時間通りに着いたつもりなんですけども…」
「…あ、いや、怒ってるわけじゃないよ。時間より早いくらいだし、うん、」






「ただ、………その、…あんまりかわいいんで、びっくりした」

「へっ!?」

口元を覆ってごにょごにょと話す彼の顔は、大きな掌で覆われてはいるものの僅かに覗く部分は心做しかいつもより赤く染っているように見えて。珍しく余裕なさげなその姿にこっちまでなんだか恥ずかしくなってきてしまう。

「いや、こ、これは、私がやったんじゃなくて友だちがやってくれたの!出掛ける本人より気合い入っちゃって…凄いよね、私メイク技術がないからさ普段だったら全然こんな感じじゃないんだけど」
髪もね、その子もやってくれたんだ。
行き場のない手を綺麗に巻かれた毛先へ向かわせ、くるくると指で弄ぶ。顔が、熱すぎてきちんと杉元くんの方へ顔を向けて話すことが出来ない。

「普段の苗字さんも好きだけど、今日の苗字さんは特別かわいいよ。」
もう勘弁してくれ。このままでは一日が始まって間もないうちに文字通り「褒め殺し」されてしまう。お世辞とはいえそういった言葉を受けるのに慣れていないからほんの些細なことにでも顔に熱が集まる。そこへ追い打ちをかけるように「俺のためにおしゃれしてくれたんでしょ?」とはにかむものだから冗談抜きで卒倒しそうだった。
別に私は杉元くんの為におしゃれしようと思った訳では無い。ただ、私みたいな地味でなんの取り柄もないぱっとしない女が杉元くんの隣に並んでるところを誰かに見られでもしたら笑われるか馬鹿にされるに決まっている。私だけが言われる分にはどうってことないが杉元くんに対する評価が変わってしまったらとんだとばっちりを受けることになってしまうだろうし、申し訳ないと思ったからだ。
慌てて「別に杉元くんのためじゃ、」と否定するもその笑顔が崩れることは無かった。言ったあとに気付いたけどこんな台詞を言って許されるのは画面の向こう側に存在する顔のいいキャラだけだ。リアルにひっそりと生きるモブ女の私がこんなツンデレキャラもびっくりな台詞を宣うことになろうとは。恥ずかしさで今すぐ消えてしまいたい。


「それでも嬉しいよ、今日の苗字さんは俺しか知らないってことだろ?」
「あ、まぁ、それは、そういうことになっちゃいますね…?」


いつまでも視線をさ迷わせているのも失礼かと思い勇気を出してじっと杉元くんの方を見ながら会話する。

「(う、わ…)」

こちらを見据える瞳は天気の良い日光の光が反射してガラス玉のようにきらきらと角度によって色を変える。瞳だけではなくころころと変わる彼の表情はまるで筆を走らされた無地のキャンバスみたいだ。ぱぁっと花開くようにはにかむ姿は菜の花の黄色。桜の花弁のようにふんわりと柔らかな雰囲気はピンク色を纏っている。今の彼を表すなら暖色系の絵の具だけが紙一面に広がっているんだろう。彼の眼が、仕草が、声が、あからさまに「嬉しい」と語っているようだった。それがなんだかむず痒くて、落ち着かない。
どこまでも温かくて濃い色は、隣に飾られている私の薄汚れた灰色のキャンバスに色が移ってしまうのもお構いなしに筆を走らせる。このまま隣にいたら同じ色に染め上げられてしまう。どこか、別のアトリエに避難しなくては。早く早く、自分の色が変わってしまう前に。




思えばこうして杉元くんの頭のてっぺんから足の先まで見たのは今この瞬間が初めてかもしれない。普段のビシッとしたスーツ姿ではなくジーンズにスタジャン。シンプルな服装の筈なのに杉元くんが着るとどこかの洒落た雑誌のモデルさんみたいだ。社内で過ごすだけでは絶対に見られないレアな姿に「顔のいい人は何着ても似合ってしまうなぁ」なんて月並みなことを考える。そんな頭の隅っこの方で杉元くんに夢中な会社の女性社員たちはこの姿を見たことがあるのだろうかという疑問が小さく芽生えてしまった。

今日の私は杉元くんしか知らないという事は、今日の杉元くんは私しか知らないと、そう自惚れてもいいのだろうか。
私しか、知らない。
今日は、今日だけは。自分だけが特別なのだという優越感に浸ってしまいそうになり、自分の浅はかな答えに直結してしまう単純な思考回路を叱咤する。
気付かなくてもいい事に気付いてしまった途端、杉元くんの顔がより一層キラキラと輝いて見えた。
眩しさに耐えるためはぁー、というドデカいため息を長めに吐き出し片手で目元を覆っていると「大丈夫?映画の時間もあるしそろそろ移動しようと思うんだけど頭でも痛くなっちゃった?休憩してから行こうか?」気遣いの鬼が発動した。本当に彼が優しくて良い人すぎてなんだか居た堪れなくなってくる。
「いや大丈夫です、ちょっと顔面宝具レベルマに耐えてただけなんで」
「う、うん?」






────────
映画でも見に行かないかと聞かれた時は普段気になってるアニメの映画化されたものしか見に行かない私が果たして楽しめるのだろうかと冷や汗をかいていたがそれも杞憂におわった。
「めっちゃよかった…」
今回一緒に見た映画は何本かシリーズ化されている世間でも有名で、吹き替え版だと自分の好きな声優さんの名前があり、そのうち見に行かねばと思っていたものだったから助かった。

「バトルシーンもよかったけど個人的にはあの二人の恋模様がぐっと来たなぁ」
「わかります!主人公がヒロインに対して好きって気持ちを伝えようとするんだけど口下手過ぎて、他の人からしたらええ…って引かれちゃうようなアプローチの言葉でもヒロインちゃんだけはちゃんと理解してて「上手く言わなくてもちゃんと伝わってるよ」と言わんばかりのあの微笑みが最っ高でした…」
「あー、わかるぅ…」
まずい、いつもの癖で話し過ぎた。映画終わってから感想を言い合うのが癖で怒涛の勢いで話してしまったけど引かれただろうか。
「すみません、つい、」
ドン引きされていたらどうしようという焦りの中斜め上にある杉元くんの整ったお顔をちらりと盗み見ると意外にもにこにことしたご機嫌そうな表情を浮かべていた。

「なんで謝るの?」
「いや、めっちゃ早口で語りすぎたかなって。その…オタクっぽいとか思いませんでした…?」
「?全然。すごいよく見てるんだなぁって思った。もっと感想聞かせてよ、俺も言いたいこといっぱいあるからさ。」
「お腹も減ったしご飯でも食べながらゆっくり話さない?」
感想言い合いっこしよ、そう言っていひひと歯を見せて無邪気に笑う杉元くんの姿を私は直視出来ず、また込上がってくる「なにか」をぐっと押し殺すように「そうですね」といって顔を俯かせた。
いつからだろうか、彼といると不意に泣いてしまいそうな感覚に襲われるようになったのは。



ご飯にしようと足を運んだのは近くにあったファミレスで。上映時間の関係もありお昼時を過ぎていたこともあってか待ち時間もなくすんなりとはいることが出来た。
ご飯でも行かない?と誘われた手前、「高そうなレストランとか連れていかれたらどうしよう」とあほな心配をしていたがその心配も気苦労に終わった。どうやら私はイケメンに対して色眼鏡で見過ぎているらしい。杉元くんが庶民派なイケメンで良かった。

映画の感想を言いながら食べ進めていたものだからすっかり食べ終わるのが遅くなってしまった。それに対して真正面に座っている杉元くんは感想を言いながらも変わらぬペースで器用に食べ進めていた。杉元くんが聞き上手なこともあってつい喋りすぎてしまったこともあって食べるペースにだいぶ差が出てしまう。それなのにも関わらず彼は嫌な顔一つ見せず常にニコニコしているものだから気を遣わせすぎているのではないかと心配になってくる。本当に愛想のいい人だなぁと感心する。…如何せんちょっとこっちを見過ぎな気もするが。

「あの、杉元くん、前にも言ったかもしれませんが、その…食べづらいです」
「…ああ!ごめん、無意識だった」
無意識で見過ぎてしまうなんて、そんな馬鹿な事あるのか。乙女ゲームじゃあるまいし、と眉間に皺を寄せている私の様子を知ってか知らずか。杉元くんは話の話題を変えてきた。
「それにしても、こうやって苗字さんとデート出来て嬉しいよ」
映画も面白かったし、普段会社では見れない沢山喋るレアな苗字さんも見れたしね。と嬉しそうに言う杉元くんに思わず飲みかけていたお水を喉に詰まらせそうになる。今、この人はデートと、そう、言ったのか
「で!?あっ、え、これってで、デートだったんですか…!」
そんな事だろうとは思ったよ。とは言葉にされなかったが眉を下げて薄く笑う表情がそう語っている。
「俺はそのつもりだったよ。まぁ、そっちはどうやら違ったみたいだけどね。」
あからさまに残念そうな顔をするもんだから良心が痛んでしまい「うっ、」と言葉を詰まらせる。でもデートってお付き合いしてる男女が出かけることを言うんじゃないの?その考えは古いの?そんな思考を即座に読み取ったかのようなタイミングで「いい年の男女がこうして二人っきりで出かけるんだもん、デートでしょ?」違う?と見つめられてしまい反論できない

「違わ、ない…ですけどぉ…!」
異議を申し立てようにもなんと返していいかわからず、唸りながらガンっ!とテーブルに額を打ち付ける。
「こら、せっかくセットしてもらったのにそんなことしてたら崩れちゃうよ」
また、そういうこと、する。なんでこうもナチュラルに触れることが出来るんだろう。天然たらし怖い。

「杉元くんってほんっと少女漫画の中の人みたいですよね」
「えぇ、なにそれ?」
「だって普通に日常を生きていて頭ポンポンする機会なんてあります?私紙か画面の中でしか見たときないんですけど…」
「んー、別に誰にでもやってるわけじゃないしなぁ。苗字さんにだけだよ、こんなことするの」
「まーーたそういうこと言うし…ほんと、勘弁してください…恥ずかしくないんですかそういうこと言うの…!?」
「ごめんごめん、苗字さんの反応がかわいくてつい。困らせたくなっちゃって、」
「っ〜!!だから!そういうの!!」
「あはは!ごめんて、」

だめだ、完全に杉元くんのペースに乗せられてしまってる。それにしても全然めげないな。いつになったら私に愛想を尽かすのだろう。そんな疑問が頭の中でぐるぐると回るようにすっかり溶けてしまった氷をぬるくなった液体に馴染ませながらストローでかき混ぜる。手っ取り早くこの現状を打破するためにはどうしたらいいのか、ない脳みそを働かせながらいい案を探し出そうと頭を悩ませる。

ああ、そうだ、とっておきがあるじゃないか。頭にポツリと浮かんだ名案を一度口に出すことを悩ませたが背に腹は代えられんと思い、意を決して口を開く。

「あの、杉元くん、大事な話があるんだけど聞いてくれますか…!」



Modoru Main Susumu
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -