揺れる車輪
頭に強い衝撃が走り、天草四郎はその痛みで目が覚めた。
目が覚めたと言ってもサーヴァントであるこの身に睡眠が不要である以上、つまりは気絶や失神で意識を失っていたのであろうと予想がつくうえに、覚醒し始めた頭がこうなるに至った原因を徐々に思い出す。
5つ目の特異点である北米の地にて行われる戦争、発覚する聖杯の所有者、増える敵と強力な仲間たち、順を追って勝利へと近づいて行こうと言うそんな道中で現れた敵襲。
大量のケルト戦士の足止めの為に残った自分ともう一の英霊が、あと少しでその役目を終えてマスターの所へ戻る算段が付くと言う頃に突然現れた2頭の牛と、華美なチャリオット、そしてその中から可憐な足取りで出てきた少女と無骨な男。
その後から自分の記憶は途切れている。
ああ、でも確かあの女性は最後にこんなことを言っていた。

『貴方、美味しそうね』

「ようやくお目覚め?退屈させる男は嫌いよ、私」

そう、この声だ。
記憶の中の女の声と、頭上から降ってくる声が頭の中で重なり、いよいよ意識が覚醒した。

「それは失礼いたしました、女王メイヴ」
「あら礼儀のなっている子は好きよ、お名前は?」
「貴女に名乗るような名など持ち合わせていない、凡庸なサーヴァントですよ」

現状におけるケルト兵の母胎、女王メイヴ。
桃色の流れるような髪に、輝く瞳、一糸纏わぬ裸体の白くきめ細やかな肌、そしてそこに連なる肢体の芸術品のような美しさ、まさに男を蕩かす魅惑の女そのものだ。
…現状を理解していない訳ではないが、目覚めていきなり女性の裸というのはなかなかに衝撃的なものだ。ましてや彼女がいるのは自分の身体の上であるし、この場合馬乗りとでも言えばいいのだったかと頭の隅が少しばかり混乱する。男を蕩かす女性と言えばと思い出すサーヴァントをもう一人知っているが、彼女でさえ膝枕であったというのに…。

「目を逸らさないで、はぐらかさないで、答えてちょうだい」
「いえ流石に照れますので…その、名は無いとでも思っていただければ」

常に背中に伝わる衝撃からおそらくここが彼女の所有するチャリオットの中であろうと言うことは分かる。
そして何をしようとしているのかも、今更純情を気取るつもりもないので頭の痛いことだが分かる。
ついでに言うと、意識を無くすまで共にいた男が近くにいると言うことも今やっと知覚できた。

「アヴェンジャーご気分はいかがですか?」
「っ!…最悪だこのもどきめ!」
「…おや、光の神子殿もそちらに。お初にお目にかかります」

身体を這う女の手の感覚を意識しないように少し離れた場所に転がされているエドモン・ダンテスへと目を向ければあちらはうつ伏せのまま息を荒く乱し苦しそうに眉間に皺を寄せていた。
そしてその先には退屈そうに空を睨む狂王となったアイルランドの光の神子、クー・フーリンの姿も確認できる。
成程、これは逃げられない。
ある程度(というよりは、ある程度以上でもと言うべきか)の牢獄と呼ばれるような場所からの脱出は彼の得意とするとこ
ろではあるのだが、自分と同じく意識を失い気づけば女王と狂王に挟まれた状況では脱出は困難だ。
飄々と話してはみたがあの狂王と真っ向から向き合うにはとてもではないが己に足りないものが多すぎる。
尤も、自分を置いて彼だけが逃げるのならばそれなりに可能性は上がるのだろうから、彼は少しだけ甘いと思うが。

「ちょっと、貴方の相手は私でしょう?」
「失礼、感動の再開でしたから」

つぅ、と女の手が太ももを撫でる感覚で意識をこちらに戻される。
認めたくなかったが下半身の衣服は脱がされているようで、合わせの解かれた羽織や着流しもほとんどはだけているようだ。
面倒だったのか赴きなのかその下に着込んでいた洋装までは完全に暴かれていないのは幸いだと思う。

「傷つくわ…こんな美人を前に目移りなんて」

まろやかな指が下肢を行き来し、性感帯に触れることなく皮膚の薄い個所を執拗に撫でる。もどかしい感触に反して頭上では女の乳房が惜しげもなく揺らされているのはなんとまぁ目に悪いことか。
成程確かに母胎であると感心してしまう。

「ねぇ、ほら素敵でしょう?可憐でしょう?触れたいでしょう?」

蜜のような声が形の良い唇から零れ、汗ばむ肌が惜しげもなく視界を占める。
その女が言うのだ、溺れてしまえば良いと。
美しい白磁の肌を徐々に桃色に染めながら、一緒に溺れてしまいましょうと優しく手を握り、壊れ物を扱うかのように指を
絡める。
嗚呼その様のなんと淫らな事か、淫欲に溢れた姿であろうか、実に彼の好みそうな色欲の化身ではないか。

「ね?その手で好きなように触れて、暴いて、犯せばいいの」

緩く繋がれた手が女へと導かれるように持ち上げられ、空いた手が性器に触れ…途端、女は熱に浮かれていた顔を不機嫌そうに歪めてしまう。

「貴方、不能なの?」
「ハッ…!ついに女に欲情すら…っ、しなくなったか!主にその身を捧げたつもりか神父…ぐっ!」
「今の貴方に言われても屈辱はないですが」

酷い言われ様だと熱い女の指の感覚を感じながら眉を寄せる。
伝わったばかりの主の教えなどそこまで厳しいものではなく、信じる者が必要だった自分たちにとって妻を娶ることもない事ではなかったし、この身が若いままであることもあり性欲とてない訳ではない。
ただ、強いて言うのならば状況のせいだ。

「だた、てっきり犯されるのだと思っていましたので」

狭いコミュニティの中に年若い少年が担ぎあげられ、なにもない閉所へと閉じ込められたとしたならば、まぁ慰みものにされることなど想像に難しくないだろう。
だからこそ穢れの無い身であるなどと言うつもりもなく、穢したことが無いと言うつもりもない。
男たちに敬意と恐怖と恍惚を抱かれながら犯されたこともあれば、女たちにこの身に奇跡をと乞われたこともあった。
もう動かぬ女たちの身体を笑いながら貪りつくす畜生たちを眺めさせられたこともあった。
そこに情などは無く、欲と恐怖と諦めがあるのみで、どれほど相手が美しかろうとそこに変わりはないのだと、天草は思う。
そんな犯されるだけの好意に、どうして欲情などできようか。

「犯してほしかった?支配するより従属したい?だったら」
「いえ、強いて言うのならば早く終われば良いと」

チャリオットの隅から渇いた笑い声とも呆れ声ともつかぬ声が零れ落ち、女王はそれに「クーちゃん!」と遺憾の意を示す。

「だから壊す気のないものを招くなど意味がないと言ったんだ」
「そんなことない、そっちの彼は獣のように貪ってくれたもの」
「えっ?」
「やめろ貴様…、っ不可抗力だ」
「壊すなら壊せ、堕とすならさっさと堕とせ」

先程から息が荒いのはそのせいかと軽い軽蔑を込めてみたが、まだこちらに反応できる程度の余裕はあるようだ。
それでも狂王の一言でビクリと身体を跳ねて、声が零れるのを耐えるように再び口を閉ざし獣のように唸る様を見るにそれなりに大変なことになっているのかもしれない。

「もう、ヤキモチくらい妬いてもいいのよ?」
「言ってろ」

つめたぁい、と言いながらも女は話を終わらせたのか再びこちらを覗きこむ。

「いいわ、アジア系の男に犯されてみたいって思ったけど犯すのも悪くないわ」
「はぁ」
「それに神父様なんでしょ?誰かのモノを汚すのって興奮するわ!」
「主のモノであるなど、恐れ多いですよ」
「そう?それでも良いわ、貴方の信じる人の前で貴方を快楽に堕としてあげる」

頭上から降ってくるその声一つ一つが先ほどよりも強い毒を孕んで天草へと落とされる。
男たちを魅了し続けた女は、国という集合体を率いてきた女王は、詳細を聞くまでもなく天草が望むことと受け入れてしまうことを理解しているのだろう。
嫌悪感を持ってしまい欲望に落ちることが出来ないと言うのならば、そこに純粋な好意を混ぜてしまえば良い。
それを天草が受け取り貪ることは無くとも拒絶はできないからだ。
そして拒絶されることなく受け取ってしまえば、そこから先は女王メイヴの狩場に相違ない。

「抱かれたことがあるなら、好きな場所があるのよね?」
「さぁ…っ、どうでしょう?」
「いいの、いいのよ、貴方はただ鳴いていればいいの、それを見つけるのも、蕩かすのも私のすることだもの」

女の舌が腹部を隙間なく這い柔らかな感触と暖かさを与えながら、割り込むように押し付けられた膝が性器へと絶えず刺激を送る。
掌は男の無骨な指を労わるように優しく解し、皮膚の柔らかな部分に触れては離れ、また触れては離れを繰り返す。
痛みなど一つもない、純粋に快楽を与えるだけの行為に、いけないと思うのに頭が隅から痺れていく。

「はっ…、ん…」
「我慢しないで、ね?目を閉じて気持ちの良いことだけ感じていて?」

小さく首を振れば、いつの間にか解けていたらしい髪が僅かに揺れて、床を通して耳に直接響く小さな音にビクリと身体が反応する。
勿論それを女が見逃すことなどなく、楽しそうな声と共に腹部を這いまわっていた舌が今度は耳へと移動し、わざとらしい音を響かせながらこちらも隙間なく舐めまわす。

「んっ、ケルトの勇士たちは情熱的で素敵だけど、慎み深いのも素敵よね、ああっ新鮮、初心な子供を犯しているみたいでゾクゾクするわ」

くちゅりくちゅりと耳に直接届く水音と、女が自らの恥部に指を入れかき混ぜる淫らな音と、秘め事のように囁かれる言葉が混ざり、どの音を聞いてはいけないのかが分からなくなる。
己の欲などというものは当の昔に不要だと斬り捨てているので、それらを甘受したところで女の身体が欲しくなるなどということは無いのだけれど、この身は老いることのない若者のままであるせいか身体だけは意思に反して快楽に対して従順だ。
まさかこんな状況でこの身を呪うことになろうとは、流石に予想がつかないし、予想したくもなかったが。

「ねぇ、だんまり?ぁ、あんっ…ねぇ?ほら、熱くなってきたでしょう?」
「生理現象ですから」
「あぁん、つれない」

熱を隠すことのない女の声と絶え間ない水音が聴覚から脳を痺れさせていく。
このままでは少々まずいと、他の音へと気を向けたのだが、それがいけなかった。

「あ゛あぁっ、ぐっ…ハッ、はぁ…ァ゛?」
「鳴くなぁ、名も知らぬアヴェンジャー」
「黙れっ、ぁぐっ、黙れ黙れ…っ」
「俺は何も言わん、遊びが終わるのを待つだけだ」

耳元にばかり気を取られていたせいで聞こえていなかったアヴェンジャーの声が意識した途端鮮明に聞こえ始める。

「ガっ…ッ、はぁ、んっ、は…酔狂だなァ、狂王」
「全くだ」
「ぐ…あ゛あああ!?…ぁ…ァッ…はっ…はっ…」
「耐えるか、まぁ頑張れや」

離れた場所にいても足先に僅かに感じる刺さるような威圧感。
恐らくだが、彼はあの狂王の殺気だとか怒気だとかそんな威圧の塊を常にその身に受けているはずだ。絶えることのない死への恐怖は慣れることなど無いだろうし、彼にとって閉所での死を感じることは禁忌に近いのではないかと推測する。
それでもまだ辛うじて正気を保てているのは偏にその鋼の精神力に他ならないだろう。
ただ、自分のそれと同じく人の…というよりも男の性として生存本能が極限まで高まった結果、まぁ、生殖機能が活発にもなっているのだろうというのは、見ずともその熱をおびた獣の声で分かるのがなんとも痛ましい。

「どうしたの?ぼんやりして向こうが気になる?」
「っ、いえ?」

あちらにも同情したいが、こちらも少々困ったことになってしまった。
こんな状態で、あのような彼の声を聞いてしまっては嫌でも情事の最中を思い出してしまう。
そして絶えず響く彼の、アヴェンジャーの声を意識してしまえば、女の触れる箇所からおくられる熱が彼からのものだと錯覚を起こしてしまいそうになる。

「じゃあこちらが好くなってきたかしら?」
「そういう訳では…わっ?」
「んふふ、だってほらぁ、ここが熱くなってきたの、分かるでしょ?」

意識しない、意識しないと考えれば考える程思い出すのはいつかの情事の出来事で。
女のような甘い声も、誘うような文言も、煽るような台詞も言わないくせに、あのアヴェンジャーはやたらと優しく自分を
抱くのだ。
触れる手は熱く、撫でる指は壊れ物を扱うようで、あの時とて始まりは襲われたようなものだったと記憶しているが、そのくせ恋人のように扱うものだから混乱してしまい、その間にあれよあれよとされることをされてしまっていたような、そん
な…などと、思い出している場合ではない。

「んぅ…ぁは!可愛い!いいわその顔!もっと見せてちょうだい?」
「っづ…ガッ、おいっ、母胎たる女王よ、やめておけ」
「あら、なぁに?嫉妬?貴方達そういう関係?」
「どうでもいい、だが、ぁっぐ…だが、それは貴様らの穢れた魂で見るには眩しすぎる男だ」

女の愛液が滴る指先が天草の顔をなぞり、それさえも記憶と重なりそうだと意識をずらそうとしていたところに、今は聞きたくない音の声がこちらに向けられる。
無理をしなければ良いのに荒い息遣いの合間合間に宣うそれこそ、天草にしてみればよほど眩しいものだった。
なにせ当の昔に汚れている、腐っている、ただそれを受け入れなかっただけの聖人もどきの魂に美醜などありはしないというのに。

「この子、そんなに大事?」

つい、と聞く耳持たずとばかりにべたつく指が唇に当てられる。
その動きに喉を鳴らす声が聞こえてくるのがなんともまぁ素直なことで、その子供じみた独占欲だとか嫉妬心だとか言うものも天草にはとても美しく見えた。
それこそが人を後退させ、進化への道を遠ざける争いの元凶になるものだと知りつつも、そんな幼い純粋な気持ちを抱ける人をいつだって尊いものだと、抱いては見ないように捨ててきたそれらがとても美しい。
きっと、いつもより頭のネジが飛んでしまっているせいなのだろう。きっとそうに違いない。

「お黙りなさい、アヴェンジャー」

だから、たまにはその言葉に乗ってみるのも吝かではないと思えてしまった。
彼が汚されたくないと望むのならば、せめてこの精神だけは落ちることの無いように。
触れられることが不快ならば、出来る限り早々にこの行為が終わるように。
洩れてしまう声が耐えられないと言うのならば、せめて今だけは凛と声をはれるように。

「ッハ、…っそら見たことか、くは…はッ…ハハハハハ!」

無理やりにでも出したその声に満足したのかダンテスは日ごろ自分やジャンヌに向けるような大笑をあげる。
傍から見れば気が狂ったかのような笑いだが、慣れてしまえばなんということは無い。
「この馬鹿たちはどうしたって馬鹿なことが変わらない、それが嬉しい」と一種の尊敬ですらあるのだろうとマスターは困
ったように言っていたが、きっと間違いでは無いのだろう。素直にそんなことを言う人ではないから一生本当の意味なんてものは分からないけれど。
そら見たことか、この聖人は貴様らが貶めるには眩しすぎる、とでも言ったところか。

「こっちのこと忘れてない?」

もちろん、そんな言葉にしないことまでこの女王に伝わることなどない。ただ端で蹲る男がギャンギャンと煩いと言うこと
くらいだろう。
彼女にとっては組み敷く男が自分から目を離すのがつまらないと言うことと、自分を貪らない男をどうにかしてやりたいと
いう欲情が湧き上がるのみだ。

「いいえ、申し訳ありません女王メイヴ。その熱を忘れることなどとてもできませんよ」
「そう、良いわ。許してあげます。大事だと言うならそれでいいのよ、それってとっても素敵なスパイスだもの」

ならばこそ、女の望み通り唇をなぞる指をそっと舐めれば嬉しそうに目を細めた女がその指を柔く押し進め口内へと侵入する。
そのまま歯列をなぞり、指を増やし、上唇を撫で、舌を挟んでは離し、また違う場所を撫でては乱暴に蹂躙する。
口づけているかのようなその行為に頭が再びチリチリと熱を孕み始める。

「んっ、ふぁ、んぅ、はっ…んん」
「そう、もっと、もっと聞かせてあげて?私にもたっくさんちょうだい?」

是と返そうにも言葉を紡ぐことを許さないその指の動きが緩慢になった頃合いで、女の空いた手が天草の性器へと触れる。
先程不能などと言われたが、流石にこの状況では気分が萎えていようとも…それこそ不能でもない限りは反応してしまう。
まったく人の身とは業の深いものだ。

「んふっ、あつい、んんぅ…いいわ、ね?気持ちいいでしょ?ね?」
「あっ、ふ…んん…っ」

滑らかな指が勃ち上がる男の性器を這うその光景に我が物ながら険悪感が湧くと言うのに、それとは別に気持ちが良いという感情が頭を犯しはじめる。
あられもなく上がりそうになる声を女の指に指を絡ませることで誤魔化そうとしたが、口内をかき混ぜるその指が許すことは無く、器用に両の指で下肢とと口内を乱されていけば気が付いたころには口から洩れる嬌声を抑えることなく零し続けていた。

「あっ、ぁ…んぅ、あ、ぁ…」

力の入らなくなった歯列から意味のない赤子のような声が出ていると自覚はできても上がる声を止めることが出来ない。



――――
オチは無い


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