ライディング・サマー
「貴方は出場されないんですね」

青空が一望できるカルデアの大きな窓を背に、胡散臭い神父風の少年が語りかけた。

「マシンレースだろありゃ、しかも女が良いときたら俺もアンタも出番はないだろうさ」

無視をして通り過ぎても良かったが、その神父が暇そうに見えたうえに、自身も割と暇だったのでアキレウスは特に何も考えずに返事をした。暇人同士駄弁ることに胡散臭さも不審さもあまり関係はない。
窓際に座った少年天草四朗は、はっとした顔をした後「…そうでしたね」とアキレウスの答えに覇気なく応える。
覇気なくというか、「しまった感」というかそれには思い当らなかったというか、不意を突かれたというか、なんというかそういう、彼にしては少し珍しい顔だ。
この少年は、見た目に相反する達観さや周到に用意したうえでの余裕を崩さないことが多ので、そんな表情を見ると「やはりただのガキだ」とどこか安心する。そして実際今回の落胆の理由を考えると、つまり。

「乗りたかったのか?」

なににとは言わなかったが、それだけで通じるだろうと思った。
実際、天草は不自然に目線を逸らし、青空を見上げ、地面をにらみ、組んだ手を見つめ、ごにょごにょと誰に対してでもなく言い訳をしている。

「えっと、いえ、そうではなく、…いえ、そうかもしれないのですが」

ごにょごにょ、そわそわ、実に珍しい光景を見れたものだとアキレウスは暇だからと会話を止めなかった自分を少しだけ褒めた。
同時に、ここにいない女帝や劇作家に面白いものを見逃して残念だったなと優越感に浸る。特に劇作家なんかは一等悔しがるのではないだろうか。しかしその事を告げれば今度は自分が彼の質問攻めにあうことは目に見えているので他言は無用だなと誰にともなく決意する。
その間にも天草は手前になのか自分になのか分からない言い訳を終え、どこか投げやりな様子でこちらを見上げた。

「貴方のその姿が風を切る姿や、その風を想像するだけでも心弾むものがあるのだろうなぁと思っていただけで、私が参加したかった訳ではなかったのです」
「それだけか?」
「…なかったのですが、貴方に言われその風を自身で感じることを想像すると…それは、少し魅力的だな、と…思って」

少しだけ、それだけですからね?と困ったように笑う姿のなんといじましい事か、これが同じ口から人類救済を叫び、献身をうたい、今の世界の終わりを宣言するとは到底思えない。残念ながらその姿を知ってしまっているので「奇妙なところを見た」としか思えないのだが。
思えないのだが…まぁ少しばかり、こちらも少しばかりいじましいものだと思ってしまったのは本当なので、アキレウスは望まれているであろう英雄の顔をして白髪の頭をぐしゃりとかき混ぜる。

「まぁ、機会があれば一度くらいは乗せてやるさ」

気持ちいぜ?とにやりと笑えば、ぐしゃぐしゃになった髪を直しながら少年はぽかんと口をあけた後、ただの少年のようにくすくすと笑った。

「それは、とても楽しみですね」

その姿は聖人なんて程遠く、英雄とも縁遠い、ただの少年の屈託の無い姿だった。


その後、会場の観客席でスクール水着を着たサンタと並んで日傘をさしている天草とアキレウスは出場者を見て思うのだ。

「馬はOKなんですね」
「…らしいな」

女神様って雑ですよね!と規律を重んじるサンタに心の中でそっと賛同を送ったのは、また別の話。


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