言葉では伝わらない
昔から特別なことはできないけれど、他の人よりも少しだけ周りのことをちゃんと見れる自信だけはあるから、だから大切な人のことはちゃんとよく見て気づいてあげられたら夜は思う。

例えば、今日の新はちょっとだけ落ち込んでいたから、お昼に甘い卵焼きを作ってあげる。
原因は分からないし力にはなれないかもしれないけど、「お弁当を持ってきたよ」と言った時の嬉しそうな顔や、砂糖たっぷりのそれを口にいれた時の幸せそうな顔をしているその時だけは彼もちゃんと喜んで、気分が少しだけ上を向いてくれると思うから。

例えば、今日の新はいつもより少しだけアンラッキーだから、隼さんに抱き着いて幸せをお裾分けしてもらっている時も、ぶつけてしまった頭を擦りながら恨めしそうに壁を見つめている時も、壊れてしまったシャーペンを残念そうに片づけている時も、間違えて買ってしまったイチゴ味の紅茶をずるずると音をたてて飲んでいる時も、そっと傍に寄り添ってひとりっきりにならないようにしてあげる。
大変だ、困ったと平坦に告げるその声に、「本当だね」「困っちゃうよね」と一緒に悩んで困って、笑い話にればと思うから。

例えば、今日の新はなんだか悲しそうだから、だから。

「どうした、夜」

一緒に泣いてあげたいのに、新はなかなか泣いてくれないから、だからいつも俺だけがこうやって泣いてしまうのです。
きっと新にとっては泣くほどのことではなくて、我慢して乗り越えて自分の未来へと昇華できてしまうことなんだと思うけれど、夜にとってはどんな些細な事だって悲しいことは悲しいし、つらいことはつらいのだ。
それに気付きながらも大丈夫だと言い聞かせて、誰にも知られず乗り越える人たちをたくさん知っているから、それが強いということなのかもしれないけれど、だったら夜は弱いままでも構わないと思う。

「新が、悲しそうだから、俺が、大丈夫だよって、でも」
「ああ、うん、ごめんな、話せないよな」

悲しい気持ちを隠すのはとてもつらいのだ。
つらい心をいつも通りにするのはとても大変で、泣きたい衝動をこらえるのにはとても気力が必要だ。
だから一度ちゃんと吐き出してあげて、悲しいつらい寂しいと涙と言葉と一緒に形にしてあげると、それだけで案外楽になってしまうことだってあるのに。
抱き着いて、抱き寄せたその肩に涙と鼻水だらけの夜の顔を埋めても新の身体はいつも通りで、ぽんぽんと夜の背中をたたいてくれるその手は温かいままだけど、その瞳が零れない涙で溢れていると夜にだって分かるのに、その膜から悲しみが決壊するところを夜は一度も見たことが無い。
それが分かるからもっともっと悲しくて、夜の涙はまだ止まりそうにもない。

「新のばかっ」
「うん、知ってる」
「…ばかだよ」
「そうだな、ごめんな夜」

悲しいなら泣いてしまえば良いのになんてそこまで傲慢なことは言えないけれど、辛い時に無いてみると楽になるときもあるんだよ?と依然さりげなく新に告げた時は、「そうか、あの時は泣けばよかったのか」と返された。
それこそ夜にしてみれば目から鱗のような返答で、そして納得してしまった。
新はきっと悲しい時に泣くという選択肢が思いつかないのだ。
辛くて悲しくて、ああ駄目だなと泣いてしまうようなそんな場面でも泣いてしまう以外の選択肢が新の中にはあって、そちらを自然に選んでしまうからその瞳から悲しみが溢れることはないのだろう。
でも、それは気付いていないだけで悲しみがない訳でも、辛くない訳でもないから、結局夜にだって分かるくらいに落ち込んで「ああ、泣きそう」と夜が代わりに泣いてしまうのだ。

「でも、俺は大丈夫だぞ?」
「怒るよ、新」
「泣きながら怒るのか…」
「怒るよ」
「…ごめん」

とん、とん、とテンポよく背中を叩く手が落ち着いてきた夜に合わせて少しだけゆっくりになる。
本当は、俺がそうやって「大丈夫だよ」って新を泣かせてあげなきゃいけないのに、葵に言うみたいに「大丈夫だ」と言ってしまう新が嫌いだ。
癖になってしまっているのかもしれないその「大丈夫」が慣れ過ぎて暗示のようになってしまっていないかと思うから。
撮影の前や、本番直前の舞台そでで緊張しっぱなしの夜の手を握って、どこからくるかも分からない自信満々の顔で「大丈夫だ」と言う新も、葵の昔話に出てくる不安がる小さな葵に対して「大丈夫だ」とその不安を支えてあげる新も、本当に安心できる強くて優しい言葉を使う魔法使いみたいだと思うけれど、でもそれは何時もじゃなくても良いのに。
こんな時くらい、俺に甘えて頼って…縋ってくれたって良いのに。

「夜がいると俺は話すのが下手になりそうだぞ…」
「いいじゃない、それでも」
「あと、色々駄目になりそうだ」
「…それも、いいじゃない」

言葉にしなくたって見つけて拾うから。
泣いてくれたら、抱きしめて「大丈夫だよ」って一緒に泣いてあげるから。
寂しかったら傍にいるから。
嬉しかったら一緒に笑って、幸せだって額を合わせて、抱き合って。
二人でいて良かったって、俺と一緒にいれて良かったって、思ってもらえるように一杯一杯頑張るから。

「新が最後に笑えたら、俺はそれで良いよ」

だから、大丈夫だなんて言わないで、気づかないふりで通り過ぎないで俺にだけ甘えてくれたら嬉しいなって思うんだよ。



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