冷えた指先

「陽」と呼べば。小首を傾げて「ん?」と甘ったるい響きを持った言葉が返ってくるようになったのは何時からだったか。女の子は大歓迎、男はどうでもいい!なんて言いながらこの一つ年上の青年が案外面倒見が良くてメンバーや寮の仲間たちを大切に思ってくれていることを郁は知っている。
呼べば応えてくれるし、頼めば不満を垂れながらも手伝ってくれる、請えばしょうがないなぁと眉を下げて笑うことだって知っているし、月のような幼馴染が落ち込んでいたら横でそっと支えてあげる、そんな陽のことを郁は知っているし、きっとプロセラの皆も知っている。
赤い髪を翻し、整えた身なりと綺麗な言葉で周りの目を引き、強く優しくあの手を引く太陽を、みんな、みんな知っているのだ。
郁だけの特別になってくれるには、きっとまだかかってしまう。

「手、出して」

テレビに向いた目を逸らすことなく差し出された右手を握れば、自分よりも少しだけ大きな手が緩く握り返してくる。
筋張っていて、長くて、掌がところどころ固い。
ダンスで床に手を付くことだってあるし、身体を作る上で筋トレをすることだってある、アイドルとしては少しばかり見目が悪くなってしまうが、これは陽の努力の証だ。
でも陽が努力を見せたがらないから、この手がこんなに強いことを知っている人はさっき上げた人達よりはずっと少ない。
それでも、自分にはこうも無防備に差し出されるその掌が嬉しくて、ザラリとマメになっている個所を撫でるように触れれば、くすぐったかったのかクスクスと笑い声が聞こえた。

「なに、いっくんは俺に用事なの?」
「別に、用事とかじゃないんだけどさ」

やっとテレビからこちらに向けられたその瞳はその声と同じでトロリと甘い光と、笑ったせいで隠しきれない幼さが溶けている。
現場やみんなの前ではあまり見せない年相応の陽の顔だ。
これを向けられるのはきっと大体が彼の幼馴染で、郁に対して向けられる時はこうやってた疲れた身体を休めて、油断して、安心しているそんな時だけで、嗚呼まだまだ届かないと嬉しさの半面で悔しいなぁとついつい握る掌に力を込める。

「陽の手って温かいよなって」
「あー、確かに温度高い方かも」

ぎゅうぎゅうと握る指を、陽もお返しとばかりに握り返してくる。
でもさ、と陽が言うよりも早く、その手の温度で嫌でも分かってしまう。手が重なった部分はじわじわと熱を持っていき熱いくらいになっている。

「郁も温度高いじゃん、子供体温?」
「陽だって子供だろ?」

熱くてお互い直ぐに場所を変えては握り、また位置を変えては握りを繰り返すうちにうっすら汗すらにじんでしまい、名残惜しいがその手を離せば陽も離した手を胡坐をかいた足の上へと下してしまう。
子供だから温度が高いと言うのなら、早く大人になれればいいと思うけど、本当の問題はそんなことではないのだと郁だって知っている。
きっと、そう、彼の幼馴染なら…夜さんなら、少し温度の低いその手で熱を分けあって、ずっとずっと手をつないで入れたのかもしれないのに、と何度目かの羨望にぶんぶんと首を振る。

「…俺も陽も子供だけどさ」
「ん?」

ないもの強請りをしたって意味はないし、夜のことを憎んでしまうような自分にはなりたくない。
まだ特別には程遠いし、ずっとずっと年下の子供扱いだろうけれど、それでもだからなにもしないなんて郁らしくない、そんな自分のことをきっと陽だって好きになってなんてくれないから。

「できることから、やるしかないよな」
「…何の話?」

皆が知っていることでも良い、その中で特別を見つけていければ良い。
たった一人の特別には遠くても良い、近づけないなんてことはないのだから。
まだきっと困らせてしまうから口には出せないけれど、皆が言うような男前なちゃんとした男になれたならいつか、暖かいその手を振りほどかれないように握って言ってやるのだ。

「これからもよろしくってこと!」



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