夜を少しだけ、長くして
起き上がるのもそろそろ辛くなってきた。あと何度朝を迎え、あと何度あの方の役に立てるかを数えるのを考えると夜と言うだけで眠ってしまう自分の身を憎みすらした。
ただひたすらに時間が惜しい、頭に才が詰まっているのならばそれを極限まで絞り出さずしてなにが軍師か、死ぬまで策を、その身最後まで戦場に、そうその身を引きずってでも生きていたいのに、隣にいる男がそれを良しとはしてくれない。
「張遼殿、夜も更けた、お帰りになってはいかがか」
「軍祭酒殿が眠りに付けば邪魔にならぬよう退散いたそう」
「それでは貴方に迷惑がかかろう」
「それでは早々に横になっていただこう」
「この策さえ書き残せれば、今日はもう寝るさ」
「明日でも問題なかろう」
「分からないだろう」
「郭嘉殿」
つい子供の用に文句を言ってしまう自分を、張遼はぴしゃりとしかりつける。戦場にいる時とは違いこの男は案外面倒見が良いし、自分の前では情熱的であり、過保護だ。
自分の病が目に見えてひどくなってからと言うもの、郭嘉を抱いたことは一切ないし、暇さえあれば寝床に様子を伺にきて、調子のいい時は軍内の様子をそれとなく交えながら話し、調子が悪いのに無理をしている時は今のように坦々と子供に言い聞かせるように自分を説き伏せる。
特に最近の焦りを隠そうともしない郭嘉を見ると眉を寄せ、困ったような怒ったような顔で郭嘉の名を呼ぶのだ。
「まだ貴殿は生きておられる」
「分からない」
「まだ、明日ではない」
「分からない」
「その翌日も、翌日も、また翌日も、朝を迎えることが出来るのだ」
「分からないだろう!」
そんな張遼の様子が、郭嘉は愛しく、そして怖かった。
最後まで策をと見苦しくも燃やし尽くして死ぬことを受け入れた自分と違い、彼はその先を信じることで郭嘉の傍にいる。
今日も、明日もその先も、郭嘉がこの場所で重い身体をそれでもと動かしながら生きていると思っている。それが、郭嘉には怖かった。
「明日の朝には俺は死んでいるかもしれない、アンタの望む明日はないかもしれない、それなのに、夜は短いのに、アンタはそれでも俺に言うのか」
全てを出し切れず、死ねと言うのか。
平常の顔を崩さない張遼と違い、郭嘉の顔は軍師のそれではない。焦り、いらつき、憎み、恐れた。受け入れた死を鈍らせたくはなかったのだ。
声を荒げたことで乱れた息を整えようとすれば、すかさず張遼の手を背中に回り、ゆっくり息と共に上下する。
「左様、私の望む朝が来ずともそれでも今は御身こそが第一なれば」
「なんだ、それは」
武人のごつごつとしてた掌がすっかり薄くなってしまった背中を撫でるたびに我慢していた眠気が顔を出すのすらも憎い。この男は全て拒絶をしている様で、きっと自分よりも自分の死を受け入れているのだろうと本当は分かっているから、それもまた憎い。
「生きてくだされ、郭嘉殿」
その言葉が、温度が、あと何度聞けるか自分には分からないのに。
重くなった瞼に抗えないままその肩に体重を乗せて、何度願ったか分からないことを今日また、願うのだ。


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