あとのまつり
「淀む夜に落として消えて深海魚」と同じ設定になります



少しだけ空いたカーテンから覗く空は暗く、そこに浮かぶ月だけが鮮明だった。
未だに落ち着かない息をゆっくり整えながら、自分の上に覆いかぶさる男へと何気なく手を伸ばす。
どこに触れるつもりでもなく伸ばしたその手が自分よりも大きなそれに掴まれ、とても大切なものを扱うかのように男の頬へと寄せられた。
愛しいと思うより先に懐かしいと哀愁のようなものが七夜の中に生まれ、そんな感情をこの男に持った事に対して今のこの空間にも、場面にもそぐわないほど醜い乾いた笑い声が自然とこぼれる。
「どうした」
男が、その手を離さないまま尋ねるが、答えとなる言葉は七夜からは未だ出せず、ただ、胸の中の醜さを吐き出したくて呼吸も整わないままに笑い、そして気管に詰まった息がそのままつかえ、えづくように急き込んだ。
まるで大泣きした後の様に喉の奥がひりひりと痛い。泣くなんて自分が演技以外ですることなどないと分かっていてもまるで今、感情のままに泣き喚いたような気分になる。ああ醜い、それすらも醜い。これじゃあ涙で男どもを誘惑する夜の街の女たちと同じではないか。
実際に、好きでもない男と、それも血のつながった兄弟と肉体の関係を持っていた自分がその女たちをどうこう言う資格なんてないのだけれど、それすらもまた笑いを誘い、そしてその度に咽ては胸の痛みを吐き出した。

ひとしきり笑いも収まり、口の周りをたんや唾で汚しながら発作のような咳を止めた頃には手を握ったままの男は自分を起こし、抱き上げ、まるで子供をあやすかのように抱きしめて、坦々と自分の細い背中をさすってくれていた。
大きな身体に、大きな掌、暖かい温度、ずっとずっと昔にも感じた懐かしさ。こんな廃れた場面なのにこの男がこんなものばかりを与えてくれるから、七夜はどうしようもなく自分の醜さが許せなくなってしまう。そして、自分のしたことを相手になすりつけようとしている自分のこと考えにまた、嫌になる。
育ててくれた男に勝手に惚れたのも自分で、勝手に悩んだのも自分で、勝手に決め、決断し、家を出て、情のぶつけどころが分からず双子の弟と関係を持ち、曖昧な感情の飼って生きていこうとしていたくせに。
「どうした」
この親とも恋人ともいえる男は、自分の事をただ待っていてくれた。
姿を消せば遠くから見守って、手を伸ばせばその手を取って、情を伝えれば受け入れてくれて、欲を吐き出せば熱を分けてくれた。
それが、どうしようもなく七夜の汚い部分を刺激して、今日もまた熱を確かめた後だというのにひどく虚しい。
気持ちも通じたはずなのに、世間一般で言えば蜜月と言ってもいいはずなのに。自分はこの男の言葉に黙って首を振ることしかできないのだ。
自分が汚らわしいだとか、相手を汚してしまうだとか殊勝なことは考えていないのに、その手を取ることも熱を受け入れることも幸せだと感じることが出来るのに、どこかで自分と同じあの顔がちらつき、そこに至るまでの自分の馬鹿な決断を思い出し、そして最後は舞台の上のスポットライトを浴びた後の様に思考がホワイトアウトして、現実を見ては落胆する。
「なあ軋間、俺は本当に馬鹿なんだよ」
そんな自分を言葉にすることが出来ずに、結局曖昧な事しか伝えられず、そしてまた分かっていても手を伸ばす。
「かまわない」
そうしてやはり取られたこの手と熱を感じながら、ふいと窓の外を見ればやはり月だけが鮮明で、どこまで行っても堂々巡り、ああまさに後の祭りとはこのことだと自嘲の笑みを漏らさないように男の唇に弧を描いた唇を寄せた。


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