笑顔の魔法
「お花見がしたいです」
絵本の中のお姫様の様な少女があと数日で満開になるであろう桜を見上げてそう呟いたのを耳に入れたその場のメンバーが休み時間に集まり、帰りに計画をたて、場所を確保する算段をたてるに至るまで早々時間はかからなかった。
世間知らずのお嬢様、誰でも等しく愛し等しく手を差し伸べる、不器用だけれど優しいその少女が自分の為だけに願うことがあるのならば彼女の周りの友人たちはその願いを叶えることを苦とも思わないからだ。
もっとも、他のメンバーが同じような状況になれば、また他の誰かが行動を起こすのだけれど。それこそが奇妙な彼らの関係であり、それが彼ら「凛々に明星」だった。

やると決まれば実行まではとんとん拍子で、大人には酒だ子供にはジュースだつまみだお弁当だお菓子だゲームだとあれやこれやとおもちゃ箱に詰めるように準備を進めていく自分たちを、始めは遠慮がちに手伝っていたエステリーゼも明日はいよいよ花見だという段階まで来るころには自分からやることはないか、あれがやりたいですこれがやりたいですと積極的にその輪に加わっていて、その様子を一番近くで見ていたリタは何故か緩みそうになる頬を一度ぺちりと叩いて、自分の横で楽しそうにくじを作っているエステルへと声をかける。
「エステル、細かく作りすぎ」
「そうですか?」
「王様ゲームの棒なんて割りばし割ってシルシつけるだけで良いのよ」
何処で手に入れたのか綺麗に揃えられた竹棒の先をやすりで削っているその様子はリタからすれば時間の無駄だ。
エステリーゼがやりたいと言うから王様ゲームに準備などすることになったが、正直メンバーにレイヴンがいる時点でリタとしては頭が痛くなる一方だ。もし変な命令なんてしたら派手にぶっ飛ばすと今からもう決めている。
大人は特別!なんて言って酒を用意しているのを知っているのでその決心は日に日に強くなる一方だ。
「怪我でもしたら危ないじゃないですか」
「心配し過ぎよエステルは」
怪我とかそんなことよりももっと気を使ってほしいことがあるというのに、とはリタと意見だが。それを従妹のジュディスに相談すれば「こわーい騎士様が二人もついてるもの、大丈夫よ」とどこ吹く風だ。
騎士とはおそらくあの幼馴染二人組の事だろうが、文武両道品行方正生徒の模範の優等生であるフレンはともかく、喧嘩遅刻は当たり前暇があれば寝ているようなユーリを騎士とはいい難い。あれか、たまに剣道部の助っ人をしているからだろうか。それにしたってせいぜい騎士と傭兵が良いところだ。
しかしジュディスがそんな安易な発言をするとは思えないし、もしかしたら自分が知らないだけでユーリに秘密が…ない、絶対に、ない。
そういえば今回は家の事情で参加はできないと言っていたがエステリーゼの幼馴染であるヨーデルはいかにも王子様と言った体で、エステリーゼはさながらお姫様だ。
お姫様と王子様と、騎士と傭兵と…おっさんは…おっさんで、ジュディスは女戦士、カロルは雑用、パティはコック?とか?私は化学者で、犬っころはペット。なんともまぁ壮大なのかそうじゃないのかよく分からない物語の出来上がりだ。とても世に出せるような浪漫が期待できない。
「でも…楽しい日にしたいんです」
それでも、きっとお姫様が魔法をかけてくれればそんな名もない役者たちも素敵なドレスでその手をとって踊ることができるのだ。
それをリタも、他の皆も知っている。
「馬鹿ね、絶対楽しいに決まってるでしょ?」
なにせあれだけのメンバーが集まって、みんながただ幸福なだけの日にしようとしているのだ。
壮大でもロマンチックでも無くても、きっとそれだけでそこは最高のステージになる。
「はい!リタが言うのなら間違いないですね!」
「当然!私の計算に間違いなんてないわ!」
だから、自信にあふれた化学者はお姫様に宣言する。

「終わるのがもったいないくらい楽しいに決まってるんだから」


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