月よあの子を照らしておくれ




燃えるような赤い髪がカードキャピタルの店内にひどく不釣合いにゆらゆらと揺れるのをミサキは眉を顰めながら眺めていた。
髪と服から抱かせる雀ヶ森レンの赤と言うイメージは、同時に炎のような熱さを持った櫂トシキを思い出させるのだけど、あちらの炎が燃え盛る炎だとするならば、こいつの炎は消えそこなってそれでも地面をじわじわと侵食する種火のようだとミサキは思う。
燻っては隣の誰かを炊きつけ、燃え上がるそれが沈められるまで自分はゆらゆらと揺れるだけの、不安定で、しかし何処か見せられる怪しい炎だ。
そんな、火だとか炎だとかを思い起こす奴らが二人もいるというのだから、それだけで店内は暑くなったしまったかのような気さえするのにその張本人たちがこの夏も盛りの時期に長袖長ズボンなんて着ていて、見ているこっちの体感温度は上がる一方だ。更に言えばファイトコーナーから聞こえるレンの騒がしい声が徐々にミサキの不快指数を上げているのは言うまでも無い。
あまりにもその素行がひどければ店を追い出すことも出来るのだが、騒がしいとはいっても子供達の相手を公平にして、たまに悪戯のようにアドバイスをして、櫂に言葉を投げては突っ返され、泣きまねをしては回りを沸かすそれは決して悪いことではないことくらいはミサキにも分かるし、なにより店長代理が懐いているので結局どうすることも出来ずに気にならないフリをして手元の本へと視線を落とすしかなかった。

暫くは遠くから騒ぎ声が絶えず聞こえ、その中にアイチの嬉しそうな声や焦ったような声、櫂の呆れた声、カムイの怒った声などが店内に響き、どうせなら店の外でやってくれれば客引きにもなるのにとミサキが思い始めた頃、アイチの「レンさん!」という驚いた声と一緒に、目の前に炎がやってきた。

「と言うわけでミサッキー!」
「いや」

爆ぜるように揺れた炎が「まだなにも言ってないじゃないですかー!」と不満げにミサキの視界をいっぱいにする。熱そうな髪に熱そうな瞳に熱そうな服、あー熱いッたらありゃしないとミサキが本を閉じればレンは同時にその本をミサキの手から取り上げた。

「本なんて読んでないで、僕とファイトしましょう」
「だから、」

嫌なんて嫌ですよーと、間延びした声がなんとも神経に障る。最初に会ったときは確かにこんな感じだった気がしなくもないがファイト中はもう少しちゃんとした奴だった気がするのだけど、最近のレンは常にこんな調子で、男なんだからしっかりはっきりとした態度でいるべきだし、男子でなくてもミサキはそう思うのだけど。
ましてやこんな、気まぐれでデッキを変えたり、楽しい方が良いなんて暢気にいう奴のこと、ミサキは根っこの部分で好きにはなれないのだ。そりゃあ、まぁ、合宿中は少しだけ世話にもなったけれど、この食えない男は苦手だった。

怒鳴るのを抑えるためにため息を吐いたところで、レンの後ろにいたアイチと目が合う。大きな瞳を申し訳なさそうに伏せるアイチに、レンにもこれくらいの可愛げがあれば、ファイトのひとつやふたつ、と思ったところで、ふいに思いつく。
アイチの使うゴールドパラディン、そして雀ヶ森が使うのも、またゴールドパラディンであったはずだ。

「いいけど、条件付きだよ」
「なんですかー?ボクもミサッキーにお願いがあるので聞きますよ」

お願いって…ファイトをすること以外にもあるのかとミサキが眉を顰めたが、とりあえずと口を開く。

「ゴールドパラディンでファイトして」
「はい、元からそのつもりでしたし、ミサッキーはツクヨミを使ってくださいね」

あっさりと通ってしまった条件に肩透かしをくらったミサキをおいて、レンは炎を翻してファイトテーブルへと向かう。その手には確かに彼のデッキが握り締められていたので、ミサキも取り出した自分のデッキを持って「仕方ないね」と演技のように呟きながらファイトテーブルへと向かった。

***

2人がファイトテーブルに付くのをアイチはハラハラとしながら見守っていた、その横にいる櫂君もいつもと変わらない表情をどこと無く崩しているように見える。
そもそもの発端はアイチがレンに話したミサキのデッキについてだったと思う。素敵で悲しい話ですよね、と締めたその話をレンは静かに聞いていたかと思ったら、途端にミサキにファイトを申し込みに行ったのでアイチとしては「しまった」と思わずにはいられなかった。
あまり他人がずけずけと割り行ってはいけないことだと、アイチは思っているのだけれど、レンが同じ事を考えているかは分からない。元からいまいちなにを考えているか分からないところがあるレンの、突拍子も無いことともなれば尚更だ。
しかし、そんなレンを止めることなんてアイチには出来なかったし、もしかしたらと思った櫂君もアイチとは別の理由でレンを止めることを躊躇しているようだった。

「神鷹 一拍子に三日月の女神ツクヨミをライド」

ミサキの女神の前にはレンの黒竜が並ぶ。これはグローブもなにも付けないファイトなので周りにいる子供達やアイチにはただカードが並んでいるようにしか見えないのだけれど、もしかしたらレンにはそれ以外の何かが、サイクオリアで見えているのかもしれないとアイチはぼんやりと思った。
それを裏付けるかのように、ミサキのカードを見て、レンは「綺麗なイメージですね」とにこりと笑う。今更レンがおかしなことを言っても特にみんな気にはしないのだけれど、その言葉に櫂は少しだけピクリと肩を震わせた。
櫂はたまにこのサイクオリアを拒絶するかのような態度をとっては、それに対して自分が困惑しているような節が度々見られた。そしてそれは主にレンやアイチがサイクオリアを使うことに向かう。「あまり、使うな」と静かな声で訴えた後、自分で眉を潜める櫂のなんともいえない顔はいまだにアイチの記憶の中では鮮明だ。
だから、という訳でもないのだけれど、アイチは無闇やたらとサイクオリアを使うことはしなかった。
アイチもどことなく不安なのだ。

しかしレンは、サイオクオリアを進んで使っていようなことが度々あった。ファイト以外でもその言葉が飛び出すことが度々あったし、
ファイト中もまた、楽しそうにサイクオリアを使っていることが多い。ソウルステージ決勝ではそうでもなかったようなので恐らく本当にレンの気分次第なのだとは思う。
だから、きっと今回も使っているのではないかと思う。燃えるような、燻るような赤の瞳が果ての無いものの様に透き通って見えるような、そんな気がしたのだ。

「ウォーティマーのスキルで後ろのフレッシングオウルを退却、山札から…ロップイヤーシューターですね」

更に手札のペリノアをドロップ、山札からファルコンナイト。と滑らかにリアガードを揃えていくその様に、周りで観戦していた人たちはおおっと声を上げるが、当の上機嫌に手札を眺めるだけだ。
向かいのミサキはむっと顔をしかめたがすぐに表情を引き締め、手札を確認する。


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