そして、暗転

雪が降ったから休業なのだと、朝方に簡素なメールが入ったきりでそれ以降の連絡は一切なかった。
元から頻繁に連絡をしあう間柄ではなかったが、一応年の終わりと始まりのときなので万丈目としては一緒にいたい人がいたのだが、というかお前なんだが、と音沙汰の無い携帯電話を握りしめて溜息を吐いた。
しかし流石に自分とて成長している。会えないのなら会いに行けば良いのだ。
親しい人にしか教えていないのだという名無しの家の場所は万丈目には知らされているし、合鍵も貰っている。一度連絡をしてから行きたかったのだが、先ほどから数回コールしても反応のない相手に仕方がなく家に押しかけることは少しだけ気が引けたが致し方ない。

土地の事情からしてもかなり良い部類に入る立地条件のマンションの最上階から少しだけ下の一室、それなりの値段はするであろうその部屋の前で、万丈目は何度目かになる深呼吸をした。
名無しが万丈目の仕事場や私室に訪れる時は迷いなくドアを開けているというのに(足音で分かるのだ)自分は毎回この部屋に入るのに緊張してしまう。
正しく言えば緊張するのが正解で、あちらかなぜあそこまで迷いなく進めるのかが不思議な訳なのだが。

「入るぞ」

念のためインターホンを鳴らし、ノックをし、声をかけてから鍵を開け部屋の中へと入れば、予想はしていたが中は一面真っ暗だった。雪が降っているから月の光が入らないとしても、そもそもしっかりとカーテンが閉めれれてしまっている。そんなにいやなのか、雪。
いや、嫌なのだろう。ワーカーホリックの名無しが雪が降ったから休業と言うのだから当然だし、少しばかり昔話も聞いているので納得はしているが。

人の気配のないリビングキッチンを抜け、その奥にある寝室へと向かい、ここまで来たら逆に緊張もしないとそのドアを開ければ、探していた人物は案の定布団にくるまって眠っていた。
言葉通り布団にくるまり、顔を出さずに寝るのその姿は、なんというか凄く息苦しそうだ。

「おい、起きているか」
「…起きた」

声をかければ眠りが浅かったのかすぐさま声が返ってくる。
布団の中がもぞもぞと動き、恐る恐る顔を出す。カーテンを自分でしめたはずだというのに、その怯えぶりは申し訳ないが少しだけ新鮮で、可愛いとか、そんな、思って…いない。思ってないぞ、そんなことは断じて。

「無理はしなくていいが、晩飯は食べたのか?」
「食べたっけ?」
「俺に聞くな」

お腹空いてないからいいや、とくぐもった声が言うので、多分なんとなく食べてないような記憶はあるのかもしれない。そういう時は大体食べてないのが名無しだった。ベットのわきに水の入ったペットボトルが置いてあったのでとりあえずまぁ、良しとしよう。食べるのを拒絶するような人間ではないと知っているので、これくらいは見逃しても問題はない。

「万丈目さん」
「どうした」
「用事?」

色素の薄い髪を撫でてやりながらゆっくりとした会話を続ける。用事はない、眠い?、お腹空いた?、眠っていればいい。
特に意味のない会話を続けていけば、また眠気がやってきたのか名無しの声が徐々におぼろげになっていく。
新しい年の始まりに、一緒にいたいとは思っていたが、特別何かがしたかった訳でもなく、そもそもなにかってなんだ、…なんだ!なにもやましいことなんて考えていない、断じて、いない!と急に恥ずかしくなってきた万丈目のことなど露と知らず、まだ冷たいであろう万丈目の手を握ってぼんやりとした声が「おやすみ」を告げた。

結局こちらの事情なんて全く伝わらないまま、名無しの年末は終わり、いつもと変わらずに新年を迎えるわけだが、しかし今年最後に見るのも、最初に見るのも万丈目であるということが、万丈目にはどこか誇らしく、幸せなことで、それだけの為にここに来たのだと思えばそれはとても充実した年末だったのではないかとそっと眠りに落ちた額へと唇を落とした。

そして、暗転
(気づけば、貴方がいる朝へ)




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