頂き物 | ナノ







「出口のない迷宮」
灯里さん



 十六年間生きていて、こんな気持ちを抱くなんて思わなかった。一体、どうしてしまったのだろう。彼らを見た瞬間、心が揺らいだ。まるで対のような二人だった。銀糸を紡いだ艶やかな髪を持つ青年と、緩やかに波打つプラチナブロンドの髪の女性。陽光を弾いて美しく煌めく髪はナユが持たないもの。地味で珍しくもない鴉色。彼女のように綺麗でも何でもない。
 伸びない身長を除いては気にしたこともなかったし、鴉色が嫌いな訳でもなかった。けれど、どうしても劣等感を抱いてしまう。

 彼女――マリは例の『ラブ・キャッスル』の店員らしい。とても可憐で麗しい彼女。宝石のような色違いの瞳を持つ彼女はとても心美しい女性だった。レミオルがマリに向けた優しい笑顔。そしてマリが彼に好意を抱いていることも分かった。
 レミオルが首都まで同行してくれない理由のひとつは間違いなく彼女だ。しかし、レミオルは政府が禁止する異端魔法に手を染めた。どんな理由があろうとも許されることではない。

 『魔道書』を首都まで連行する。それが与えられた唯一であり、絶対の目的。レミオルに出会ったからもその目的が揺らぐことはなかった。ナユは魔道学協会の職員なのだ。命令に背くことは出来ない。なのに逃げ出したかった。自分の仕事は確かに誰かの日常を壊すのだ。考えつかなかった、では許されない。
 マリからあの笑顔を奪ってしまう。異端魔法に手を染めたことは許されないが、それでもナユに彼らの日常を奪う権利などあるのだろうか。
 まだ彼が極悪人ならば良かった。そうすればこんなにも胸が痛むことはなかっただろう。けれど、ナユはもう知ってしまった。

「私はどうすれば……どうすればいいのかな、ラズ?」

 心配そうにナユの周りを回るラズに助けを求める。何が正しくて何が間違っているのか分からない。出口のない迷路に迷い込んでしまったように。
 今まで考えたことはなかったが、ナユはこの先、誰かの笑顔を奪う仕事をしなければいけないことがあるかもしれない。危険魔法対策部に属しているのだ。綺麗事では済まない。
 誰か答えを知っているのなら教えて欲しい。何が最善なのか。そしてこの胸の痛みの正体を。ナユが知らなかった感情。知りたいと思うと同じくらい知りたくない。とても矛盾しているが、気付いてしまってはいけない気がした。これ以上、深入りしてはいけないのだろう。理解していたが、既に関わり過ぎていた。
 本来なら彼が魔道書と判明した時点で無理にでも首都へ連れ帰るべきだったのだ。そうすれば苦しいと思うことはなかったし、部下虐めからも解放されていたのだから。自分はどうすればいいのか。いくら考えても答えは見つかりそうもなかった。






prev