01. 異端者(37/37)

◇◇◇

誰かが私の名を呼んでいた。が、それが誰なのか分からない。どこから声がするのか。それも分からない。私自身、地に足のつかない浮遊感に襲われていて、どこにいるのか、どんな場所にいるのか、全く理解できなかった。

そうか。夢か。

冷静に判断する。

そういえば前もこんな夢を見たような…

思考している間も私を呼ぶ声は止まなかった。

『ナユ』

『ナユ』

声は複数あった。しかしそのどれもが私の名前ばかりを言う。薄気味悪い。

私は逃げるように足を動かした。地を蹴る感覚はないが、不思議と進む。だが声は遠のかなかった。

『ナユ』

『ナユ』

しかしその中に、ひとつだけ知った声があった。

低過ぎず、だからといって女声ではない。

仏頂面と対面せず、ただ声だけで聞けば、ああ、こんなにも優しい声だったんだ。その柔らかさに気付かされた。

『ナユ』

彼の声がフワリと落ちて来た。手繰り寄せるように、指先を伸ばす。



「レミオルさん…っ、」
「ではなくてすまない」

バチッと目を開けると、目の前には大人の男性がいた。見たことのない人だ。

長めの黒髪とやや細めの優し気な瞳。決して太ってはないが割りと体格が良い。肩幅がガッチリしていた。

包容力を感じる。森のクマさんという感じだった。

「えと、どなたでしょうか…?」

「俺だ。分からないか?」

この低い声、どこかで聞いたような…。

首を捻らせていると、男は羽織っていたマントのフードをすっぽり被った。そこで漸く気付く。先ほど魔法で一戦交えた男だ。

「ああっ!!」

「ようやく気付いたか…」

「さっきはよくも卑怯な手を使いましたね!」

「話はそこへ戻るのか」

ひとまず落ち着けだなんて宥められるけど、これが落ち着いていられるか。

負けたのだ。私が。魔法で。

相手がどんな手を使ったからと言って、黒星の事実は変わらないし消えない。とはいえ、潔くサクッと敗北を受け入れるほどできた人間にはなれない。

「騙すなんて酷いです!」

「いや、騙してはないだろう。一度たりとも一対一での決闘だと言ったわけでもあるまいし」

「うっ、確かに…っ」

さらに、作戦のうちだ、なんて断言されれば、奥歯を噛むしかない。悔し過ぎる。

そんな私の心情はいざ知らず。男は「過去の話はもういい」なんて、アッサリその話題を打ち切ろうとする。が…

「『もういい』訳ありますか!なにが過去の話です。現在進行形で人を誘拐しているくせに!」

「それもそうか」

指摘を受けてようやく気付いたと言わんばかりに、男は瞼をシパシパ上下させた。

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