01. 異端者(36/37)
いつ以来だろうか。こんなにも魔力の集中に一心を費やしたのは。
とにかく稀に見せないほどに本気で魔力を掻き集め、集中力を高めた。魔道感知能力を使ってもいないのに、魔道物質が見えてしまうほどだ。
ここまですると消耗が激しい。だが次の一発に賭けるため、遠慮もしないし、温存もしない。
集約した魔力を左手の魔方陣に注ぎ込む。
熱い。手の平が燃え溶けそうだ。
もう限界とまでいったところで、腕を思いっきり引いた。男が目を見開く。
私の魔力につられ、周囲に集まる魔道物質。空気中に浮遊するキラキラと細かい光が、吸い寄せられるように向かってくる。それらを巻き込み、魔法陣を前へ突き出した。
轟音が先か。光が先か。分からない。
とにかく朱と青、二つの魔法陣がぶつかり、爆発した。
崩れ散ったのは、青。
凄まじい閃光が辺りに飛び散った。おそらくこの爆発の光は、昼間にも関わらず街中で確認できただろう。
「さすが、だな…」
魔法陣を掲げていた右手を抱え込み、男は地に跪いていた。顔は青ざめ、額には汗が滲んでいる。
先ほどの魔力集中にまだ引きずられている私には彼の魔力がありありと視認できるのだが、私の魔力に強引に打ち消されたため、彼の体から発されるそれはかなり乏しいものとなっていた。
「ラズの仇です」
「…犬、か……」
彼ほどではないが、私も息を切らしていた。肩を上下させ、空気を取り込む。顎を伝った汗を、拳で拭った。
「貴方のその青い光、詳しい属性までは分かりませんが私と同じ水系統ですよね。それゆえ、水系統では高位である【海】の属性を持つ私の魔法を相手にしては不利だと考えられた…」
「……ああ」
「その判断は正しいです。でも火系統に対して優位と判断されたのは早とちりでしたね。私の属性は火といっても【マグマ】属性なんです。中途半端な水では太刀打ちできません」
「ハッ…『中途半端』、か…」
黒マントが覆い尽くす肩が小刻みに揺れた。笑われている。少しムッとした。
「なにが可笑しいんですか?」
「いや。やはり似ている」
「似ている?」
「ああ、リアン・シルヴァスタに」
また出た、リアン・シルヴァスタ。私はそんな人知らないんだってば。
「その妙に自信家で負けず嫌いなところなんて特に、だ」
褒められてはないようだ。相変わらず笑う彼に苛立ちが募る。
「だからそのリアン・シルヴァスタって一体誰なんですか?」
元々大して持ち合わせていない注意力が散漫していた。彼が笑うものだから油断していたのかもしれない。
突然、目の前に魔法陣を突き付けられ、反射的に自らの魔法陣で防御した。右手だった。
この男、これだけの魔力残量でまだやる気か。
「死ぬ気ですか!?」
「いや、俺じゃない」
と、その時、私の背後に魔法物質が急速に流れていった。誰かが魔法を発動させようとしている証拠だ。
この男ではない。まさかマティスでもないだろう。
なら誰が…!?
「…リアンだ」
男が言葉を落とした。
魔法陣を構えたまま振り返る。が、目の前の光景が呑み込めず、反応に遅れた。
「相変わらずナユはすぐに人を信用する」
目に飛び込んだのは真赤な髪。金色の瞳。それを覆い尽くす、男と同じ闇色のマント。
それと、魔力を全く宿さない、空っぽの身体。
にも関わらず、その手にはしっかりと金色の魔法陣が掲げられていた。
「だからいつまでたっても言われちゃうんだよ。『ちびっこ』ってね」
ズンッという、重たい衝撃が胸を突く。渇いた息が口から漏れる。
『ちびっこ』はいま関係ないじゃない…!
なんて、それこそ関係ないことを考えながら、だんだんと霞んでいく意識の中、ついに私は目を閉じた。
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