01. 異端者(32/37)

『魔導書』なら見つかりましたよーだ。ざまあみさらせ陰険眼鏡猿め。

と、までは書けないものの、私は胸を張って言えるわけである。『魔導書』を探し出した、と。

にも関わらず書かなかった。ただ、『まだ捜索中ゆえ、いましばらくお待ちください。』とだけ記し、封を綴じた。

その理由は自分でも分からない。部長をギャフンと言わせてやることを何度も夢見たというのに。

とはいえ、今日いちばんの問題は、部長への手紙に嘘を書いたことでは無かった。

郵便配達員に部長への返事を託し、それから大人しくサフィナさんの家へ戻れば良かった。しかし私はそうしなかった。なんとなくぶらぶら、当て所もなく街を歩いた。そしてものの見事、十分と立たぬうちに道に迷ったのである。

「え?どうしよう。ラズここどこだか分かる?」

街並みが随分と変わってしまった。廃屋や廃れた店々が目立つ。

たしかレミオルさんを尾行して風俗街へ行く途中にもこんな場所を通った。しかし全く同じ道というわけではなさそうだ。

かくも治安の悪そうな通りが何本もあるのかと、この街の状態を危惧せざるを得ない。

さておき、ともかくいまは元の中心街へと戻らねばならない。襲われて負けるとも思えないが、こんな場所を年頃の女の子がひとりで出歩くものでもないだろう。

特に道順を確かめながら歩いていたわけではないから、なんとなくの方向だけで帰るしかない。仕方ないとため息を吐き、踵を返した。そのときだった。

突然、目の前に青い閃光が迫った。魔法が発動されるとき特有の、肌が引き攣るような感覚を味わう暇もなかった。気付いたとき既に、光は目の前だったのだ。

が、それが私に当たることはなかった。青い光は私の一歩手前で、庇うように飛び出したラズに当たって弾けたのだ。

「ラズっ!」

ドサリと音を立てて地に落ちたラズに駆け寄る。揺り起こしても反応はなかった。しかし息はある。気を失っているようだ。

魔犬とはいえ、魔法を諸に食らったのだから仕方ない。それに、発動された魔法を見る限り、純度も威力もかなり高かった。無事だっただけ幸いというべきなのだろう。

私はラズの前に立つ。そして光の発信源と予想される、建物の影を睨んだ。

「どなたですか。なんの挨拶も無しに魔法を仕掛けてくるとは、随分礼儀が正しい人のようですね」

するとそこからは見覚えのある面々がゾロゾロと現れた。昨日遭遇したチンピラどもだ。マティスとかいうリーダー格の男を筆頭に、私を拘束していた巨人男も現れる。

ただしひとりだけ見覚えのない男がいた。

男は全身黒尽くめの怪しい風貌で、さらにはローブのフードを目深に被っており、顔を隠している。こんな特徴的な見た目の者、もし既に出会っていたなら早々忘れたりしないだろう。

「マティスさん?本当にこいつ銀狼の女なんすか?」

「間違いねえ。こいつの所為で俺は昨日酷い目にあったんだ!それにあの犬。あれはレミオル・ロレンが連れていたものだ。銀狼が護衛のために付けたのかなんだか知らねえが、もう役立たずのようだな」

彼らはどうやらレミオルさんの女とやらを探しているらしい。それを昨日の騒動の所為で私と勘違いしているようだが、とんだ検討違いだ。

おそらくマリさんのことではないだろうか。その理由や目的も気になるところだが、ともかく、私は彼らを真っ直ぐ見据え、尋ねなければならないことがあった。

「ラズを撃ったのはどなたですか?」

「は?」

「マティスさん、あなたに興味はありません。用があるのはラズに魔法攻撃を撃ち込んだ、その者だけです」

静かな口調で、しかし溢れる怒りを完全に抑え込むことなど出来ず、彼らに一歩歩み寄る。体の横で握り締めた拳は震えていた。

男たちはそんな私に圧倒されたのか。にじり寄られれば、顔を強張らせて後退する。ところがその中でも黒尽くめの男だけは特に反応を見せることなく、異様な存在感を放ちながら、仲間たちの背後でジッと控えていた。

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