01. 異端者(31/37)
「わわ!早っ!」
柔らかな銀髪を陽光のもと靡かせ、ちょうど広場へと走ってやってきた青年に気付き、私は慌てて椅子から立つ。マリさんが何かを言いかけていたところ悪いが、ここでレミオルさんに見つかるのは不味い。下手したら立ち聞きがバレる。
「すいません!私もう行かなきゃなりません。えっと、用事を思い出してしまって…!」
「あ…はい…」
私の気配が遠退いたのを感じたのだろう。マリさんはやや不安気に表情を曇らせた。そんな彼女の肩に手を置き、私は最後に耳元で囁く。
「心配しないでください。レミオルさんは直ぐにでも来ますよ」
「え!?レミさん…!」
まるで火が灯ったかのように、ものの一瞬でマリさんの頬が染まった。そして赤面を隠すよう両手で頬を挟み、瞳を右に左に走らせる。
そのうろたえ様が若干引っかかったが、レミオルさんが来ては不味い。いまだ落ち着かない彼女に短く別れを告げ、急いでその場を後にした。
広場から大通りへと差し掛かったとき、一度立ち止まり、背後を確認する。すると買い足しを終えて戻って来たレミオルさんとマリさんの楽し気な様子が窺えた。マリさんは始終、とろけたような笑顔だった。
そうか。マリさんもレミオルさんのこと…
まるで足の裏から根が張ってしまったかのように、その場で棒立ちになっていた。するとふと、指先に冷たく湿った何かが当たる。
「ラズ。そうだね、行こうか…」
私はようやく歩き始めた。が、持ち上げる足が重たい。
私はどこへ向かうーー?
もちろん行き先はサフィナさんの魔道具屋。が、そしてどうする?客の来ない店の番をする?それでサフィナさんが帰宅したらご飯を食べて、寝て、そして……。
『魔導書』を連れて首都へ帰る。それが私の唯一絶対の行き先だったはずだ。なのに、初めて目を背けたくなった。
何度ガセの情報に踊らされようと、『魔導書』という曖昧な存在を掴まんとして幾度も空を掻こうと、一度たりとも揺らがなかった目的。しかし、レミオルさんの笑顔、そしてマリさんの笑顔が順々に私の脳裏を巡り、容易にそれを霞ませる。
私のやろうとしていることは、幸せな二人の日常をことごとく破壊するものなのだ。
マリさんなんてすっごく優しくて良い人なのに。それに、レミオルさんだって…。
「すみません。ナユ・ルクレシアさんですよね」
「え!?あ、はい…!」
思考に没頭していたところ、背後より声が掛けられて飛び上がった。それ以上に驚いていたのがラズで、慌てて私の後ろに隠れていた。
「魔道郵便局特別便配達員です。魔道学協会危険魔法対策部の部長様より本人手渡し指定の配達物をお預かりしております。お受け取りください」
「あ、はい。ご苦労さまです」
郵便配達制服の真面目そうなお兄さんは、しっかり定型文を述べ、一通の味気ない手紙を差し出した。
特別便だなんて、滅多に渡すものではない。魔道感知能力に長けた特殊配達員への依頼は通常より料金がかさむ。
まあ、いまの私は特定の住所を持たないがため、魔道感知で見つけてもらうしかない。そこを鑑みれば仕方ないのかもしれないが、わざわざ本人手渡し指定だなんて。
余剰サービスを重ねに重ね、さて、どんな重要な用件が記されているのかと封を切ると…
『まだ?』
思わず手紙を地面に叩きつけたのも致し方のないことだと思う。ラズと郵便配達のお兄さんは、私の反応に驚き、怯えていた。お兄さんはいまにも手紙を踏み潰さんとする私を抑えるのに必死だった。
『早くしないと英雄王誕生祭までに間に合いませんよ。首都で冬を越すのは始めてだからと、随分楽しみにされていましたよね? ちなみに私は今年、英雄王の側近、大賢者ライネル役に抜擢されてしまいました。パレードに出るそうです。それゆえ危険魔法対策部の者には総出で私の魔道パフォーマンスのサポートをしていただきます。いちおうあなたも紙吹雪要員として頭数には入れているのですが…。まああくまで、間に合えば、の話ですから気に病む必要はありません。 あ、そうそう。王国南西部へ赴いた際には名物の温泉饅頭を忘れないよう。 部長より』
ウザい!ウザすぎる!本当になんなんだこの部長は!と、いうか、わざわざ特別便にして内容はこれか!人がその『魔導書』絡みで頭を悩ませているときに…!
上質な羊皮紙と無駄に整った字面がさらに私の苛立ちを煽っていた。
「あのう…すみません。お返事も預からせていただくようご注文を承っているのですが…」
「は?」
「ひいっ!!すみませええんっ!」
完全なる八つ当たりではあるが郵便配達員を睨み付け、しかし返信用の便箋を預かり、ペンを紙に突き立てた。
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