01. 異端者(30/37)

現在私が抱える悩みごとを、おそらくこの世でいちばん明かすことのできない相手。それがマリさんだ。

なのに彼女は私の心情なんていざ知らず、聖母のように慈愛の満ちた瞳で私を見つめる。そんなにキラキラおめめで見つめないでください。うっかり惚れます。

困っているのが伝わったのだろう。マリさんは不意に目を伏せた。

「すみません。急にこんなこと言うなんて失礼でしたよね」

「え!あ、いや…」

やや俯く彼女の儚げな横顔。自らの行動を後悔してか、しゅんとしょげた様子に胸の奥が締め付けられた。

さらにその落ち込み顏のまま、視線だけをあげて上目遣いでこちらを窺ってくる。反則だ。というか、なんだかこちらが悪い事をしている気がしてきた。

私は慌てて彼女を慰める。マリさんはすぐに元気を取り戻した。そして今度は凛とした面持ちで居住まいを正す。

「礼儀を欠いてしまって失礼しました。歩み寄るならまず自分からですよね!」

「はい…?」

「私のことから話しましょう。まず、名はマリと申します」

立ち聞きしていたから知っていますとは言えず、自らも名乗り、握手を交わした。

マリさんは満足そうにひとつほほ笑んでから、続ける。

「私、ほかのものが見えると言いましたよね。具体的には魔法物質が見えるんです」

「ええ!?」

これには驚いた。まさか魔法物質を視認できる人がいるなんて。

魔法物質とはその名の通り、魔法によって構成された物質だ。大気中の魔気や、生物に宿る魔力がこの魔法物質にあたるものなのだが、普段は肉眼で確認することができない。魔法物質同士が反応し合い、エネルギーを発するとき、すなわち私たちが魔法陣を組み魔法を発動するとき、ようやく燐光として見ることが可能になる。

余談になるが、それを応用して作られているのが街灯や、屋内でよく見られる魔道灯だ。以前までは火を使うランプや蝋燭が主流だったが、近年の魔道理論解明とともに便利なものが次々と発明された。いまだカンテラなんて使っているのは、相当偏屈なお爺さんだけだ。

さておき話を戻すと、魔道物質そのものを見るなんて事例は俄かには信じ難い話である。まだ新米ではあるものの確かに魔道学協会職員のバッジを胸に光らす私でさえ、そんな能力始めて知った。

普通、信じられませんよねなんて、マリさんは眉根を寄せてクシャリと笑ったが、それよりもなによりも、感嘆の気持ちが大きかった。

「すごいです!」

「え…?」

「それってすごいですよマリさん!素晴らしい特技ですよ!魔道感知能力が要らないなんて羨ましい!」

「信じられるのですか?」

「え?嘘なんですか?」

自分から言ったくせに、マリさんは驚いたように目を瞬かせる。鵜呑みにしてはまずかったのだろうか。

興奮のあまり、思わず両手で掴んでいたマリさんの手。しかし自信がなくなり、手放した。

するとマリさんは小さく握った拳を口元に持って行き、クスクスと笑う。震える肩を見つめながら私は、とうとう訳が分からなくなり、途方に暮れた。

「すみません。ただ…こんなに早く信じてくれた人は初めてで。いつもはなかなか信じていただけなくて。いわゆる『異能』というやつですし…」

そう言って目を伏せるマリさん。人とは異なる能力の所為で、いままで苦労を重ねてきたのだろう。

「ナユさん、でしたっけ?」

「は、はい!」

「あなたはとっても素敵な方です」

マリさんはふわりと笑った。不意打ち笑顔をまともに食らった私は、肩を強張らせ俯くしかない。きっと耳まで首まで真赤だ。

「え、えっと、あり得ない能力を持つ人だったら割りと近くにひとりいるので…!」

まるで弁明するように付け加えると、マリさんが首を傾げたのが見ずとも分かった。

「あら?でも異能といえばあなたの魔力も…、」

そのとき。私は視界の隅に銀色を捉えた。

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