01. 異端者(28/37)
ついさっきまで私が座っていたまさしくその場所には、いま、知らない女性が座る。そして彼女の隣にはレミオルさんがいた。
後ろから見ているだけだったから女性の顔は見えない。しかし緩やかに波打つ繊細なプラチナブロンドの髪は陽光に煌めき、あまりに美しかった。
私は自分の髪を指先で摘む。地味な鴉色。しかも仕事の邪魔だから顎の下で短く切ってしまった。
外見だなんて、身長以外に気にしたことはほとんどなかったものの、こうして目の前に並ぶ麗しの二人組みを見ていると、どうにも劣等感に襲われる。
思わず溜め息が漏れた。が、慌てて口を塞ぐ。この近距離だ。物音一つだって立てては私たちの存在を悟られてしまう。その証拠に、聞こうともしていないのに、二人の会話は筒抜けだった。
「すみません。店の買い物なんかに付き合わせてしまって」
「いいよ別に。俺が手伝いたかっただけなんだから」
「そう言っていただけるとこちらとしては気が楽ですが…」
「店にずっといたって暇。異常にもてなされるし、女が引っ付いてくるし」
「そういう店ですから。『ラブ・キャッスル』は風俗店ですよ?」
そこで漸く彼らの関係に気付く。女性はおそらく『ラブ・キャッスル』の店員のようだった。
朝から『ラブ・キャッスル』に入り浸っていたレミオルさんは、この女性が買出しに出るのと一緒に店を出てきたそうだ。
それにしても店のサービスに対しての言い草。ああいうのってどうしても慣れねえと、苦々しげに彼は言うが、それならばなぜ毎日通い詰めるというのだ。やっぱり女好きなんかではないではないか。しかし胸に募った疑問は直ぐに解消される。
レミオルさんは女性の方を向き、彼女の髪に長い指を伸ばした。そしてあろうことか、横顔に、本当に本当に柔らかな笑みを浮かべたのだの。
「マリといる方がずっと楽」
その笑顔も、言葉も、向けられた先は私ではないというのに、不覚にもドキリとした。顔中に一気に熱が集まったのが自分でも分かる。
私は得体の知れない激しい鼓動を抑えるため、胸のあたりをきつく握って彼らに背を向けた。
収まれ収まれ。膝に顔を埋めて念じる。こんなに大きな音なんだ。万が一聞こえてしまったらと、気が気ではない。しかし同時に、動悸とは別で、重たく不快な痛みも胸の奥にあった。
こんなの初めてだ。魔道学協会職員採用試験のための勉強に励んでいたときでさえ、こんな痛みを味わうことはなかった。あの時期が不安と焦りで人生においていちばん精神的に参っていたと思うのに。いまの方が酷いとか。部長と『魔道書』のダブルパンチだから無理もないけど、禿げたらどうしよう…。
この歳で前頭境界線の後退が始まる自分を想像して落ち込んでいると、ラズが頬を舐めてなぐさめてくれた。うん、ごめんごめん。頑張るよ、私。
とはいえ、気付いてしまったのだ。
マリ。
その名前は近ごろ耳にした。ごくごく最近だ。むしろ昨日だ。サフィナさんとの初対面のとき、私をレミオルさんと勘違いし、彼女が言ったのだ。
『おいレミ。帰りが早いならそうと言っておくれよ。せっかく人が昼寝してたのに。それともあれか?ついにマリちゃんに振られたか』
つまり、レミオルさんは不特定多数の女性に会うためではなく、ひとつの明確な目的のもと、『ラブ・キャッスル』に通っていたのだ。マリさんという、特定の女性のため。
そのことを考えると、レミオルさんの女好き疑惑が晴れたにも関わらず、ちっとも嬉しくなかった。それどころか、胸を蝕む重たい痛みがますます酷くなっていくのだ。
しかし得体の知れない苦痛にうじうじと支配されているほど魔道学協会職員は暇ではない。顔を上げ、あらためてベンチの二人を窺う。
レミオルさんがマリさんを好いているなら、余計に首都まで来てくれるはずがない。当然だ。彼女の側を離れることになる。が、彼が犯罪を侵した事実は変わらない。となれば私の仕事はただひとつなのだ。
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