01. 異端者(26/37)

◇◇◇

窓から射し込む微かな陽光だけで灯りを取る薄暗い部屋にて、私は革張りの古ぼけた椅子に座り、モスグリーンの扉をひたすら睨んでいた。傍らの床に寝そべる魔犬ラズも、その赤いつぶらな瞳を扉に向けている。

張り詰めた空気が数分続いた。ところが本日何度目になるのか、狭苦しく並ぶ飾り棚の間に、私の嘆きが響き渡った。

「ああもう暇っ!」

ラズも無意味に過ぎ行く時間にうんざりしているだろう。組んだ前脚の上に、退屈そうに顎を乗せた。


今朝、サフィナさんは魔石のバイヤー・マーケットへと出掛け、レミオルさんはお馴染みの風俗店へと出掛けた。だから店番を買って出てみたのだが、午前中からずっと待っていようと、いっこうに客の見える気配がない。

きちんと商売になっているのだろうか。魔道具の並べられた棚を見やり、ついつい心配する。

あれ?
そういえばサフィナさんってどんな魔道具を作っているんだろう。

昨日はきちんと見る機会がなかったが、いまはたっぷりある。むしろ有り余っている。

私は腰を上げ、手近な棚を覗き込んだ。そして、思いがけず感嘆の声を漏らした。

「すごい…」

それはその一言では到底表し切れなくて、しかしその一言しか発することができなかった。

影になった棚の中は暗い。ゆえに当然見えずらいのだが、暗闇に目が慣れると、そこにあるものの存在感は無視できなくなった。

まるで人の手など入っていないかのように、自然のまま、原石そのものの光を放つ宝石。かといって濁りがあるわけではなく、むしろ澄んでいる。澄み切っている。

絶妙な角度で細やかに削られ、形取られた宝石は、見る者の視線を捕らえて離さなかった。

それらがナイフであったり、アクセサリーであったりに、嵌め込まれ、繊細な装飾を作り上げている。

私は無我夢中で狭い通路を進んでいた。顔はずっと飾り棚のガラスに張り付いたままだ。

赤、青、緑、紫、黄…
色とりどりの宝石はひとつとして同じものなどなく、さらには道具の用途に合わせた魔石が選び込まれていて、サフィナさんのこだわりが窺えた。

一度魔道感知能力で魔道具を覗いてみたときの衝撃といったらない。魔石の属性が入念に考慮されているがためだろう。複数組み合わせて魔道具にされていても、魔法の属性の純度は落ちておらず、むしろ増幅していた。

熱中して魔道具鑑賞をしていると、ふと、後ろから足を突かれた。ちょうど最後の棚を見終わるころだ。振り返るとラズがやけに得意げに胸を張っていた。

「ん?どうしたの?」

首を傾げてみてもラズが答えるはずもなく、しかし彼はさらに胸を突き出す。そこでようやく私は気付いた。ラズの胸元には硬貨大の碧い宝石が光っていたのだ。

「え!?すごい!キレイ!」

しゃがんで顔を近付ける。宝石に断面はなく、滑らかな球面を煌めかせていた。そっと触れれば自然と指先が滑る。

「うわあ…!」

碧はどこまでも澄んでいて、それでいて深かった。覗き込めば覗き込むほどに、色の深みがどこまでも奥へと誘っていく。まるで…

「海の底の宝石みたい…」

言ってから、あ、と手で口を覆う。

そういえばレミオルさんの首元にもラズと同じようなネックレスが光っていた。金の鎖で繋がれていて、お洒落だなと密かに思っていたのだ。

「おそろい?」

そう問えば、ラズは嬉しそうに尻尾を振った。

やはり主人が好きなのだろう。目を輝かせ、何度も元気良く返事をしていた。

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