01. 異端者(23/37)

サフィナさんのティーカップも、私のティーカップも、中身はわずかとなっていた。サフィナさんはそれをひといきに飲み干すと、おもむろに立ち上がる。

「さて、宿はもう取ったのか?」

「いえ。まだですけど…」

「よし、じゃあうちに泊まれ」

「はい!?」

『もてなす』とはそういう意味だったのかと、その時に悟った。

実際宿代が浮くし、ありがたいことこの上ない申し出だ。二つ返事でぜひお願いしたい。ただし、先客がいなければ…。

その思考が当惑顔によって通じてしまったのか。話題はいままさに私の思考の真っ只中にいた人物へと赴いて行く。

「ソファーを貸してやろう。レミのことは心配するな。やつなんて床で寝ればいい」

「いやそれはちょっと……」

私のが随分あとからやって来た。サフィナさんと知り合ったのだってつい先ほどだ。なのに先客を退けるだなんて、厚かましいにもほどがある!

それにサフィナさんにお世話になるということは、レミオル・ロレンと同等、居候の地位にまで落ちるということだ。絶対にヤダ。

だがしかし…サフィナさんにお代を払ってはどうだろう?宿代ほどでなくとも、ほんのお礼ばかりに……って、なに泊まること前提に考えているんだ私。

「なにを渋っているんだ、えっとー…名前…?」

「ナユです」

「そうナユ!遠慮なんかどこにもいらないじゃないか」

「いえ、どこもかしこも遠慮してしまうことだらけですよ」

「そうか?」

サフィナさんはまったく納得していない。それどころか私が何を遠慮しているのかも把握し切れていない様子。「まあ泊まると決まっているなら寝袋を出して来てしまってもいいだろう。たしか地下に転がっていたような…」なんて独りごちながら、階段へ向かって行く。

「え!まだ泊まらせていただくかは決まってな……、」

…い、はずだったのだが、サフィナさんにとってはそこは既に通り過ぎた話題だったのだろう。私の制止を気にすることなく、階下へと消えて行ってしまった。

サフィナさんを止めるために椅子から立ち上がっていた私はそのまま床に膝を着く。ラズの冷たい鼻が頬を擽った。

「ラズは大変だね。あんなに話を聞かない二人に挟まれて暮らしているなんて」

レミオルさんだけを相手にしていても大変そうだ。しかしそれに加えてサフィナさん。類は友を呼ぶとはよく言ったものだと、しみじみ感心してしまった。



その夜、レミオルさんは帰って来なかった。

彼の居る場所は風俗街。ならば夜に帰って来ないなんて、なんら不思議のないことに思える。だが忘れてはいけない。彼は昼間からずっと入り浸っているのだ。どれだけ女好きなんだと、もはや呆れるしかなかった。

しかしひとつ違和感がある。はたして彼は本当にただの女好きなのだろうか。

サフィナさんは言った。出会った当初、レミオルさんはひどい人見知りで、サフィナさんが話し掛けても無視ばかりしていた、と。

サフィナさんは美人だ。女の私でもうっかり見惚れてしまうくらいに。そんな女性を、女好きが放っておくだろうか。少なくとも、私の周囲にいた女好きと呼ばれる人種はそんなことしないに違いない。

寝袋に包まってからしばらくはそんなことを考えていたが、答えは一向に見つからなかった。それよりも早く、疲れた身体は睡魔に襲われてしまう。

『魔導書』に出会ったことが今日の出来事だなんて疑いたくなるほどに長い一日だった。とくに夜は、私をソファーで寝かせたがるサフィナさんとの格闘だ。結局折れたのはサフィナさんだったが、それもまた疲労の種となったのだった。

私は眠気に身を任せ、重たい瞼を閉じる。同時にラズが傍に寝そべった。

「ラズ…レミオル・ロレンはどんなひと…?」

目を瞑ったままだったが、ラズがピクリと動くのが分かった。主人の名前を聞いたからだろうか。そんな彼の頭を撫でてやると、三角に尖った耳がへちょりと垂れる。

「今は眠いから…こんど、おしえてね…」

言うや否や、心落ち着く温もりに寄り添われ、私は深い眠りへと落ちていった。

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