01. 異端者(19/37)
私は呆気に取られていた。絶対食われると思ったのに、獣は丁寧に私を舐める。
顎。頬。目。頬。かと思ったら合間に髪にクンカクンカと鼻をうずめ、次には顕になっていた額を舐めた。
え?なに?食べないの?食べないなら…逃げていいかなあ?
ゆっくり横に身をずらそうと試みる。しかし大きな前足がそれを許さず、肩をムニッと押さえ付けた。肉球だから痛くはないが、重い。餌にされなくても、圧死させられそ、う…
「おいレミ。帰りが早いならそうと言っておくれよ。せっかく人が昼寝してたのに。それともあれか?ついにマリちゃんに振られたか…って、レミじゃないなあんた。だれ?」
獣に次いで、扉からはひょっこりと若い女性が現れた。
彼女は驚くほどの美女で、いま現在私が実に天を仰ぐ態勢であることはさておき、吃驚仰天なプロポーションだ。
出るとこは出て、締まるとこは締まる。さらに背が高く、手足がスラリと長い。
もし彼女が"きちんと"洋服を着用していれば、間違いなく『ナユ的憧れの女性ランキング』を脅威の速さで駆け上がったと思われる。だがしかし彼女は、いまお風呂から上がりましたと、言わんばかりに、下着しか身につけていない。タンクトップとパンツだけだ。
こんな状況でなければ、真赤になって、服を着てから出て来てくださいと、叫びたい。が、哀しいかな。彼女の(ほぼ)裸体を見る前から顔は真赤だった。窒息寸前で。
「た、助けていただけないでしょうか…?」
「うん。いいよ別に」
あっさり返事をした彼女は、獣を軽々持ち上げて私から退けた。
ひっぺがされるとき、それがオオカミのような動物だと分かる。あとから聞くとオオカミではなく、魔犬だと教わったのだが、少し長い小麦色の毛に覆われた大きな体からオオカミとの違いを探すことは出来なかった。ただ、私から離されるのを嫌がり、クウンと尖った耳を垂れさせる様子は、まるで子犬だった。
「こうして見るととても可愛い子ですね。瞳の色なんてラズベリーみたい」
彼女に叱られてすっかり大人しくなってしまった魔犬。しかし私に頭を撫でられると、引きちぎれんばかりに尻尾を振り回していた。
「え?いまあんた何て言った?」
「はい?」
「そいつの瞳の色」
「ああ、ラズベリーみたいですねって」
いまは気持ち良さげに細められているが、くりんとした瞳はその色といい、光沢といい、家の庭になっていた果物のラズベリーを連想させる。甘酸っぱい味が大好きで、庭で遊んだまま手を洗わずに採って食べて、父に怒られていたっけ。
「驚いた。あんたレミと同じこと言うんだ」
「レミオルさんですか?」
「そうレミオル・ロレン。知ってるのか?やつがこいつの飼い主なんだけどさ、『ラズ』って名付けたんだってよ。瞳がラズベリーみたいだから」
「へえ。いい名前ですね」
食べ物の名前から名付けるところがさすがは食いしん坊の彼らしいというかなんというか。思わずクスリと笑ってしまう。
彼女は少し不思議そうに首を傾げていたが、ラズを差していた指を今度は自分に向け、続けた。
「で、アタシがサフィナ。魔道具職人さ」
「ああ、あなたが」
サフィナ。つまりここの店主ということになるのだろう。表にあった『魔道具屋サフィナ』という金文字の看板を思い出して納得した。
「で、あんたは?どうやってレミと知り合ったんだい?」
「私は魔道学協会危険魔法対策部魔道士職員のナユ・ルクレシアともうします。レミオルさんに言われ、ここへ参らせていただきました」
それから私は、レミオル・ロレンと出会ってからの一部始終、それからここへ来ることになった経緯を、サフィナさんに手短かに説明を済ませた。
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