01. 異端者(18/37)

◇◇◇

魔道具屋は市街地の真っ只中にあった。噴水のある広場から延びる、大きな通り沿いだ。石畳に溢れる人々の間を縫い歩き、そうして本屋を通り過ぎてあと一歩で時計屋の前にへ差し掛かろうとしたとき、間に板挟みになって狭そうにしている建物を見付けた。

その幅といったら、扉がたったの一枚ようやく収まるほどにしかない。緻密な金細工が取手部分に施されている割に、ずいぶん肩身が狭そうだ。危うく見逃すところだった。

『本屋と時計屋のあいだ』というメモ書きがなければ、たとえ『魔道具屋サフィナ』と金文字で記された看板が通行人の頭上に突き出していようと、気付かずに通り過ぎていただろう。


モスグリーン色の重厚な扉には『開店中』との掛札が提げられている。が、磨りガラスから覗く店内は暗い。

私はおそるおそる冷たい取っ手に指を掛け、そろりと押した。

「ごめんくださぁぃ…」

あまりに寂然とした店内に、思わず言葉尻がすぼまっていった。軋む床の音が、やけに大きく響く。重みで自ずと閉まっていく扉をわざわざ最後まで手で閉じ、まるで泥棒のごとく抜き足差し足で進んだ。

外から見たとおり店内は狭く、そこに飾り棚が所狭しと連なっている。歩く場所なんて無いに等しくて、私はスーツケースと一列に並ばなくてはならなかった。おまけに進むのなら横歩きだ。

飾り棚にはなにやら宝石や、魔道具と思しき小物が並べられていたのだが、生憎暗過ぎてよく見えない。魔道具屋というくらいだし、女性が目をハートにして喜ぶようなアクセサリー等もたくさん売られているのだろう。しかしとにかく私は人を求めて奥へと進んだ。

入り口から数メートルと歩かず、カウンターへと辿り着いた。

カウンターといっても、古びた机に帳簿らしきぼろぼろのノートが積み上がり、その正面に埃っぽい革張りの椅子がデンとふんぞりかえるだけだ。やはり人はいない。

私はもう一度、扉に提げられた掛札を確認しに行った。見間違いではなく、確かに開店中となっている。そうしてまたカウンターに戻ってくるのだが、相変わらず人気は感じられない。

どうしたものかと、と 途方に暮れる。しかしだれもいないとなれば、たとえ店だろうが待ち合わせ場所に使わせていただいても構わないだろうか。

一日でだいぶ歩いたから、疲れていた。店主は不在なようだし、ほんの少し椅子を借りよう。そうスーツケースを下ろしたときだった。

ウヴ…と、微かな唸り声が暗闇の中から聞こえた。獣のものだ。

気のせいかとも思ったが、再び空気を震わせた地を這うような唸りを、今度は確かに耳が捉えた。

なぜこんな市街地にと、訝しみながらも身構える。唸り声の低さから、それなりに大型の獣であると知れたからだ。

姿は見えないが、獣は店の奥にいた。カウンターのすぐ横にある扉から、爪で引っ掻く忙しない音が聞こえるのだ。

やはり犬猫ではないだろう。爪も立派そうだ。

野獣か。はたまた魔物か。まさか店主がいないのは襲われたから、とか…?

そこまで思考が至ったときに、ガチャリ。とうとう戸が開いた。

魔法陣を展開する間もない。扉が開くと同時に弾丸のごとく飛び出してきた大きな塊は、凄まじい早さで私に体当たりをかました。

ヤバイ…!

そう脳が判断したときにはもう遅い。私は組み敷かれ、見開いた目の前には、いただきますと、真っ赤な口が開く。生暖かい息が掛かる。喉元目掛けて鋭い牙が迫る。

いくら魔道士として戦闘訓練を積んだとはいえ、獣のスピードには勝てない。

もうダメと、諦め、目をギュッと瞑るが早いか、獣の大きな口が私の肉を……



べろりんと、顎の下から舐め上げた。

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