01. 異端者(17/37)

どのくらいの間だろう。まるで時の流れからは隔絶されてしまったかのように、私は彼を見つめていた。同様に、彼も私を見つめる。

鼓動が早鐘のように頭の中で反響する。しかし嫌悪感はなかった。

と、不意に、彼がハッとした。サアッと青白くなり、瞳が右に左に忙しなく駆け巡る。しかし直ぐに正面の私に定まると、焦りを浮かべて問い質す。

「ちょっと待った。俺いま何て言った?」

「え、と…私の目が宝石みたい…って?」

自分で言っていて恥ずかしい。思わず語末で首を傾げた。

きっと私は耳まで真っ赤に染まっていることだろう。彼の顔すらまともに見れやしない、いや、見てはいけない。

だってほら、私の碧い目が海の底の宝石みたいに綺麗なそうなんで。あんまり見つめても可哀想じゃないですか。

緩む頬を自制できない。どうしたって口角がゆるゆると上がってしまう。こんな美青年を悩ませてしまうなんて、私も罪な女だなあなんて思っていると、

「あだあッ!!」

脳天に雷が落ちたんじゃないかと疑うほど、凄まじい勢いで手刀が振り降ろされた。

いま、絶対めり込んだ!ってか身長何センチか縮んだ!

クソぅ…ッと、心の中では地団駄踏みまくるが、現実にはできない。頭が痛すぎる。いまだジンジンと衝撃の余韻を伝える自らの天辺を、両手で抱え込むことしかできない。

唯一の抗議として、いつの間にか立ち上がっていた彼を睨み上げるも、生理的な涙がなみなみと目に溢れている。鼻の奥がツンと沁みた。

「私がいったい何をしたと言うんですか!?」

「…んなこと言ってねえ」

「はい?」

「宝石みたいだとか……言ったとしても、それ絶対嘘だから。俺がお前をそんな風に考えるかよバーカ」

宝石みたいという言葉はごにょごにょっと、早口で詰め込まれていて、聞き取れたことはかなりの奇跡だと思う。

それにしても理不尽だ。横暴だ。だって言ったもの。この耳で聞いたもの。

「言いましたよ」

「言ってない」

「言いました」

「言ってない」

「言いま、」
「ない。」

自信満々に言い張れたはずが、あんまり強く否定されるとだんだん不安になってくる。一方彼は、頑として譲らぬ瞳を不機嫌そうに投げて寄越す。

もしかして本当に言ってなかったのか?私が都合よく作り出した妄想なのか?

だとしたら私もいよいよ重症だ。おそらく部長を主な原因においたストレスから来るものだろう。

「とにかく信じるなよ。俺、超嫌な奴。そんでもって超嘘吐きだから。覚えておけよ、ちびっこ」

「はいッ!?」

彼は自分の言いたいことだけを吐き捨て、サッサと『ラブ・キャッスル』の門をくぐって行ってしまった…のだが…、

前言撤回。ストレスの原因は部長だけではない。

思い返してみれば出会った瞬間から、いやむしろ出会う前から、私を四方八方に振り回すこの男も相当に私を参らせている。

それはさておき、今度こそ本当に彼は去ってしまったわけなのだが、どうしよう。

私は真紅の城の前に佇んでいた。左手には彼から渡された店の名刺。右手にはスーツケース。

どうやら彼は超嫌な奴で、超嘘吐きらしい。自らおっしゃるのだから間違いない。とはいえ、楽天的と嘲笑われるかもしれないが、しかし、彼が私を心配してくれた気持ちは、たぶん本当のことだと思う。それだけは妙に確信があった。

私は回れ右をし、進み始める。

当たり前だが、行きは辛い上り坂だった煉瓦路も、帰りは下り坂。なんとなく気分を良くしながら、ポカポカと暖かい日差しの下、相変わらず重たいスーツケースを抱え、けれども私は鼻歌交じりに街を歩いた。

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