01. 異端者(16/37)

結局彼が伝えに来たことは以下の通りだった。

この辺りの治安は悪い。だから待つなら別の場所で待て。自分が世話になっている魔道具屋が市街地にあるからそこへ行け。

それだけのことを伝えに来たというのに。無駄に傷を負わされた感が否めない。あれはトラウマになっていいレベルだった。

「帰りが何時になるか分かんねえし、どうせ待たれんならそこに居られた方がマシ。大体こんな店前に居座るなんて営業妨害もいいとこだっつの…って聞いてる?」

「はい…かろうじて……」

彼は私の首肯に、訝しげに眉を寄せる。しかし構うのは面倒なのだろう。話を先へ進め、店の名刺を差し出してきた。

小さな長方形の紙は、ひっくり返せば地図が記されている。なんとかひとりで辿り着けそうだ。無理ではない。無理では……。無理…。碧い目……、超無理………ずどーん。

「あのさあ…」

壮大なため息とともに呆れ切ったような声が頭上から落ちた。が、私は頑なに顔を上げない。

いまは絶対に顔を見られたくない。情けない表情を浮かべているに違いない。

用件を伝えるときは、足が痺れるのか立ち上がっていた彼。しかしザリっという小石を踏む音と、近付いた気配から、また私に目線を合わせるためにしゃがんだのだろうと、見ずとも知れる。

私の表情を覗き込まんと、コテンと倒された銀色の頭。だが私はそっぽを向いて顔を反らした。

とはいえ、逃げた、とか思われては遺憾極まりない。誤魔化すために、ズズッと鼻を啜ったのだが…いまのは絶対失敗だ。次いで訪れた肌がむずつく沈黙で後悔する。

まるで啜り泣いているみたいだった。ただでさえ彼には私の表情が見えていないのに。勘違いされてしまったらどうしよう。それはヤダ…かも。

恐る恐る彼へと視線を戻すと懸念通り、やはり誤解をしていそうだった。

出会ってからずっと、人を小馬鹿にした斜め上からの態度を貫き通していた彼がいま、肩を落とし、項垂れている。心なしか、自由に跳ねた猫っ毛も、どこか元気を失っているように見える。

「悪かった、とか…ちょっと思ってなくもない」

さっきの目のことなんだけどと、口の中でモゴモゴと彼は言った。

「けど本当に苦手なんだ。まるで海の底を映した宝石みたいで、吸い込まれそうになる」

スーツケースの上に腰掛ける私の正面で、彼はしゃがみ込んでいる。つまり若干私の方が目線が高いわけで、彼が目を伏せれば、私から見えるのは色素の薄い、長い睫毛だけだった。さらに、それさえも前髪が掛かっていて、よくよく窺うことはできないのだが、その僅かな隙間から灰褐色がチラリと遠慮がちに此方を覗き見た。不覚にも心臓がドキンと鳴る。

というか…『無理』って、もしかして貶しているというわけじゃないの……?

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