01. 異端者(15/37)

さて。彼は行ってしまった。しかし、どのくらい待つことになろうと、私はここにずっといるつもりだ。

とはいえ、立っているのはいやだ。座りたい。が、冷たく固い煉瓦の床だなんて、乙女のデリケートなお尻にはいただけない。

私はコートを畳み、それを横たえたスーツケースの上に乗せることで椅子とした。

簡易的ではあるが、座り心地はなかなかのものだ。ところがいまの季節は初冬。カラッと晴れた青空の下とはいえ、時折駆け抜ける木枯らしは身に沁みる。自ら抱いた身体をひとつ震わせると、クシャミが出そうになってしまった。

誰もいないからいいや。ひと気のない路地を見回し、鼻の奥を擽るむず痒さに身を任せる。

「ふえ…ふえ…ふえ……っ」

「おい」

「ヴェ!?…っくしょーいッッ!!」

突然後ろから背中を叩かれたことへ驚き、肩を跳ねさせ、その拍子に一生分をまとめて吐き出す勢いのクシャミが出てしまった。

「すげークシャミ」

はい。すげーです。間違っても人に見られたくないレベルでした。けどすげークシャミはすべて貴方の所為ですから、と。恨みを込めた視線を肩越しに投げる。いくら私とて、普段からこんなオヤジくさいクシャミをかましているわけではない。

「ずいぶんお早いお帰りですね」

「別に帰ってきたわけじゃねえし」

背後には先ほど去って行ったはずの彼がいた。そう、レミオル・ロレンだ。相変わらずの仏頂面で、私に視線を合わせてしゃがんでいる。なんだか柄の悪い兄ちゃんのような座り方だ。正直似合わない。

そんな態勢で何を言い出すつもりなのかと、首だけを後ろに捻っているのはなかなかに疲れるものの、手を膝に、彼の言葉を大人しく待っていた。すると、お前さ、と彼が切り出す。

「また変なのに絡まれても俺は知らねえよ」

ふわふわの猫っ毛を無造作に掻き上げ、彼は俯いていた。もぞもぞとくぐもった声は聞こえにくい。しかし聞き取れないほどではなかった。

「ならなんで戻ってきたんですか?」

ぶっきらぼうに私を『お前』と呼び、『知らねえ』と、彼は言う。地面を見つめたまま、目を合わせようとしない。おまけに私の質問は無視。

しかしわざわざここまで戻って来てくれた。

置いて行ったり、突き放したり、かと思えば助けにきたり、また不機嫌になって私をうざがり、そうして次には心配をしてくる。

私はその不思議な生物に体ごと向き直った。すると、彼が項垂れたまま動かないため、自然と目の前にはつむじが来る。

つついてやろうか、と少し思った。散々遊ばれた仕返しだ。しかしそんな復讐心よりも、彼への好奇心がはるかに優っていた。彼がいま何を思っているのか。柔らかそうな銀色の前髪の奥にある顔は、どんな表情を浮かべているのか。

興味の赴くままにジッと眺めていると、唐突に顔面を鷲掴みにされた。全くの遠慮なしだ。おかげで鼻が潰れ、ふごっとか、またオヤジくさい声を出してしまった。

「…お前のその碧い目」

「目、でふか?」

「そ、目。それ無理」

「はひ?」

いきなりの否定的発言に落ち込まない者などいるだろうか。たった二文字で表された拒絶の言葉は、思いの外胸の奥深いところに突き刺さった。

とはいえ、差し当たった問題は、このままでは息が詰まるということだ。なんとか彼の手を両手で持ち、引っぺがした。

それにしてもほっそい手首だ。そう思ったのは言わないでおく。

「なんていうか……」

彼の手が剥がれたことで視界が開けた。だから新たに言葉を紡ごうとする彼に向き直る。すると、私を抑えていた手とは逆の手で、彼は自らの顔も覆っていた。その骨張った指の隙間からチラと覗いた灰褐色の瞳が小動物のようで、笑える…と、思ったのだが。

「超無理。」

一生笑顔を失うかと思った。それほどに、私の繊細なハートが崩れ去る、ガラガラという崩壊音が脳内に響いていたのだ。

きっと誰でも言われてみれば分かるだろう。見目麗しい青年に真っ正面から、しかも割りと至近距離から一刀両断される悲しさが。思わず脱力して項垂れたのも、詮無きことである。

[前△] [しおり] [▽次]

<<Back

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -