01. 異端者(14/37)

彼の対応には困る。私が16年間培ってきた常識がほぼ通じない。こんなこといままでの人生ではなかった。国一番の高等魔道学術教育機関で日々膨大な学術書と睨めっこして来たお頭(つむ)なんて、まるで役立たずに思えて来る。

どうにも言葉に詰まっていると、彼は飽きてしまったようだ。退屈そうに欠伸をかまし、踵を返した。

「とにかく、お前が何と言おうが何をしようが俺は行く。さようなら。また会う日まで」

「え!ちょっと待ってください」

「待たない。それともお前が着いて来る?」

「う…っ!それは……、」

彼の肩越しに見える『ラブ・キャッスル』の入り口。奥の見えない真っ暗な穴と彼を、交互に見比べた。

なぜだろう。背景に真紅の城を抱える彼が、必要以上に大人びて見える。

彼は知っている。私の知らないめくるめく大人の世界を。あの暗闇の向こうにある世界をーー。

脳裏に、革張りの高級ソファーに深く腰掛ける彼の姿が浮かんだ。長い足を優雅に組み、片手でワイングラスを回している。そして彼の周囲にはたくさんの美しい女性たちがはべり………うん、合う。

しかし残念なことに、大人で豪奢なその世界はどうしたって私は釣り合わない。

「……無理です」

「そりゃ残念。敢え無くお前とはおさらばってわけだ」

ちっとも残念だなんて思ってないくせに。悔しくて、ギリリと奥歯を噛みしめた。

歩を進めようと足を踏み出す彼の背中を見ていることしかできない。私には、これ以上追えないのだ。

「クッ…!卑怯です…!」

「どこが?何が?誰が?」

「なんですかその珍妙なフレーズは!?どこかで聞きました!ちょっと待って。いまこう喉元まで出かかってるんですけど、どうにもあと一息…、」
「お前だよ」

「あっさり答えないでください!人が考えてたのに!」

このように、なんとか引き止めようと無意味な会話を試みるが、失敗。

こうなったら、と。最終手段を決断し、地面にしゃがみ込む。そして膝に顔を埋め、肩を震わせた。

「待ってください、ぐすっ…」

「絶対やだ。それじゃお元気で」

女の涙にも靡かないとは…!その見事な素っ気なさは敵ながら天晴れである。だが困る。それでは困るんだ。

どんどん、どんどん遠くなる背中が、あと一歩で店の入り口をくぐるといったとき。私は勢いよく立ち上がった。

「甘いですね!」

今度はなんだと、彼は深くため息を吐いた。それは酷く煩わしそうで、そして苛立ちが含まれている。しかしなにはともあれ、足を止めて振り返ってくれた。

私は気怠げな空気を裂くように腕を振り上げ、人差し指を真っ直ぐと彼に向ける。

「私はここで待っています!貴方が出て来るまでテコでも動きません!」

「うわー。お前想像以上にウゼエ」

「失礼ですね。これでも学協内ではマシな方ですよ」

彼は一度眉を顰めた。しかしすぐに平静な表情に戻る。

「まあいいや。精々ひとりで寂しくプルプル震えてろ。俺はしばらーーーーー…く、出て来ないから」

「望むところです!」

最後の言葉は、暗い建物内に半身を突っ込んだ彼の後ろ姿に放った。その後の反応はなかったが、聞こえただろう。聞いていない振りをしても、彼はなんだかんだ聞いている。それに、真昼の太陽が降り注ぐ、閑散とした風俗街に、私の声は自分でも驚くほどに響き渡っていた。

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