01. 異端者(12/37)

◇◇◇

私は物覚えがいい。これは先刻述べたばかりだ。ではなぜわざわざ改めて述べるのか。それは私が自分の言葉を決して忘れたわけではないことを、ここで明確に言及しておきたいからである。

確かに私は言った。

『貴方に着いて行きます。どこまでも』と。

しかし物事には限度がある。


「なんですか!?ここは!」

彼が足を止めたのは、上り坂になった狭い煉瓦路の天辺。見た目通りキツイ坂道にスーツケースの重さが相まり、肩で息をする私だったが、彼の横に並んで目の前に聳える建物を見上げた。

外装から見るにちょっとした城のようだ。豪華絢爛とまではいかないが、華やかだった。なにより鮮やか過ぎる壁の色に、目の奥の方を刺激される。若干の色褪せはあるものの、見事な真紅だった。

周囲で所狭しと肩を並べる他の建物も、ピンクや紫と、その派手な壁をうるさく主張していた。しかし正面に佇む建物は格別だ。ひときわ異風を放っている。

呆気に取られて口を開けたままでいると、ギイと、吊り看板が耳障りに軋んだ。見ると、金文字で『ラブ・キャッスル』と記されている。

「なにって…風俗店?」

「いや分かります。分かっています、そのくらい。店名と外装が物語っていますからね」

私はいささかこの手のことには疎い。それは自負している。

とはいえ周囲の環境に年上の男性が多い以上、このような場所の存在は知らなくもなかった。実際に何度か話には聞いたことがある。同僚にも首都郊外の風俗街に通っている者がいた。が、自分が立ち入るとなると話は別だ。

顔に集中した熱は自らも顕著に分かるほど。なのに目の前の男、レミオル・ロレンが追い打ちをかける。

「わかってるならなんで聞いたし。言わせたかったの?やだあ、見かけによらずやらしー」

「断固違います!」

ご丁寧に身振り手振りで、さながら井戸端会議に勤しむ主婦のように。キャラでもないのに仏頂面をぶら下げたまま演じて見せた彼に、全身全霊で否定の言葉を吐いた。

しかし赤面した面持ちではなんの説得力もないだろう。冷えた自分の手の甲で頬を挟み、なんとか赤面を抑えてから改めて彼を睨み上げる。

「じゃなく…貴方は真昼間から何をなさっているんですかと、聞きたかったんです!よくお天道様に顔向けできますね!」

私のよく知る男に、大の女好きがいる。その彼でさえ、悪所通いは夜まで待っていたのに。

もっとも彼の場合、我が部長にドヤされ、自らの部下にまでとがめられ、渋々我慢といった体ではあったが、……それはさておき。あろうことか目の前の美青年は清々しいほど堂々たる風貌で開き直った。

「ハッ、血気盛りな男児として超健全だろ?」

「どこが!?何が!?誰が!?」

その顔で『男児』を語るか!?と、失礼だとは思いながらも心の中で突っ込んでしまった。

なんせ彼はひどく端麗な顔立ちなのだ。女性として悔しくなるほど美しいのだ。

そう思ったのが伝わってしまったのか、彼はやや意地悪げに鼻で笑う。

「さてはお前さ、こういうとこ入ったことねえの?」

「当たり前です!そもそも私は女子です!」

「へぇー」

無表情ののくせに、こういうときに限りあからさまに馬鹿にしていると分かる表情で嘲るのはやめて欲しい。首都におわします"誰かさん"を激しく彷彿させる。

「ま、お子様にはまだ早いか」

「16です!成人してます!そもそも貴方こそお子様なんじゃないんですか?」

「歳の話じゃなくここのはな…」

言いながら、彼の腕が上がる。その手が向かう場所は分かった。私の頭の天辺だ。早くもパターン化している。そう何度も黙って突かれるもんか、と避けてみせた。

へへへ、ざまあみなさい。

しかしそう思ったのも束の間。逆方向から迫った人差し指に気付かず、自ら彼の指先に頭突きしてしまった。

「そうそうここの話な。よく分かってんじゃん。それと俺も16。お前、めっちゃ失礼。自分こそ童顔の癖に」

人のつむじをツンツン突きまくる奴とどっちが失礼だこの野郎。

涙ながらに言葉を飲み込んだのは、童顔と言われたことへのショックで怒る気力もなかったからというのもある。しかしそれ以上に、彼が同い年だったということへの驚きもあった。

実は、彼を子ども呼ばわりしたことは半ば冗談。確かに若く見える彼だったが、まさか私と同じ年の青年が異端魔法に手を染めてしまっただなんて、本気で思っていなかった。

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