01. 異端者(11/37)

「なっ!?」

「魔道学協会!?」

「なんで学協(魔道学協会の略称)職員が…!」

魔道学協会カラーである群青に、裾には銀色の縁が入った制服に気付いたのか。はたまた胸元に光るバッジに気付いたのかは定かではない。しかし男たちの目は、みるみる丸くなった。

「これ以上貴方達がしつこくするようであれば…分かりますよね?」

笑顔で言えば、嘘みたいに大人しくなった男たちが情けなく悲鳴を上げる。やはり魔道学協会が持つ権力というのは全国共通らしい。

ただ、隣に佇む彼だけは、私に向けて冷めた視線を落としていた。

「なにが、権力を振りかざすような真似はしたくない、だ。思いっきり楽しんでんじゃねえかよ。なんだそのドヤ顏」

「そ、そんなこと……」

あります。

なにしろ魔道学協会の制服をいただいてはや三ヶ月。にも関わらず、一度として学協職員らしい働きをしたことはなかった。

晴れて採用試験に合格したものの、その中でも仕事内容が特に過酷といわれる危険魔法対策部に配属され、さらに数ヶ月と経たずして首都を追われ、存在するのかも分からない『魔導書』探しに明け暮れる日々……。

一度でいいからこんなことしてみたかったのだ。それがいま達成された。うん、嬉しいよ。ウッキウキだよ。しかもちょっと上手にコート脱げちゃったしね。アレ、結構決まってたと思うんだ。

「お前さ、」

「はい何でしょう?」

「…いや、やっぱいい」

だらしなく頬が緩まったまま振り返ったからか、思いっきり顔を逸らされた。さらに声色が若干不機嫌そうだ。

そんなに私の顔が不味かったろうかと、一瞬悩みもした。が、確かに。魔道学協会職員ともあろう者がこんなうかうかしていては国民も不安だろう。気を引き締めなくては。まだ仕事は終わっていないのだ。

男たちは学協職員と聞いて反応を見せた。ならば二度とこのような目に遭う者がないよう、私が厳重注意をしなくては。そう改めて顔を前方に向けたのだが、ひとりの男が突然上げた叫び声に驚き、出かかった言葉は吐き出せず仕舞いになった。

「あ、ああっ、あ、あ、あいつ!学協職員の隣の男!あいつレミオル・ロレンだ!」

男は私の隣に指を突きつけ、後ずさる。が、震える足がもつれ、転んだ。

「は?あの女男か?ってかレミオル・ロレンって誰だよ」

「お前知らねえのかよ!ほら、魔道具屋に最近フラリとやって来てそれから居候してる野郎。『銀狼』だよ!」

「ぎ……っ!『銀狼』って、あの!?」

「間違いねえ。あの『銀狼』だ!」

話は私の知り及ばないないところで進んでいく。そしてあれよあれよと言う間に、男たちは恐れおののき、脱兎のごとく逃げ出した(マティスとかいうリーダー格の男も、いま思い出したと言わんばかりに引き連れて行かれた)。

銀狼だー!とか叫んでいるけど、どうせ逃げ出すくらいなら私がコートを脱いだところで逃げてくれなかっただろうか。何となく納得いかない。

当の本人、『銀狼』様々に目線を向けてみるが、彼は飄々としていた。相変わらずの無表情でどこか遠くを見つめている。

と、思ったらなんの前触れもなく歩き始めた。

そういえばずっと目的地がある様子だった。

どこに行くのかは分からないが、歩幅の大きな彼に追いつくため、小走り気味に歩き出す。

「まだ着いて来んのかよ」

「はい。貴方が私に着いて来てくれるまで、私は貴方に着いて行きます。どこまでも」

「なんだそりゃ」

かくして呆気ない幕引きで終わった無意味な争いだったが、ほんの少し収穫があった。

それは…


「レミオル・ロレン」

「は?」

「貴方の名前でしょう?あの男たちが言っていましたよね。私、物覚えは良い方なんです」

自力かどうかは怪しいところだが、自分で『魔導書』の情報を探る、という尾行の目的は僅かばかり達成された。彼の名前を知ることができたのだ。

「はっ。大したことねえよ、そのくらい。それにナユ・ルクレシアは物覚えがいい訳じゃねえよ」

驚いた。

私の名前はかなり覚え辛い。特に、ナユという響きは、この国の言語ではあまりない響きなのだ。しかし彼はしっかり覚えていた。

私の名前を出会った初日に覚えてくれた人だなんて、指折り数えるほどしかいないのに…

「お前は頭がスッカラカンなだけだ。だから余白がたくさんある。だろ?」

見直そうとしていた矢先にこれだ。彼の指先が頭の頂を押すのは何度目だろう。ボタンなんてありやしないのに。

「だからつむじは…」

ーーそうだ。

「ダメって言ってるじゃないですかあああっ!!」

「ほらどこまでも着いて来るんだろ?そんな鈍足じゃ見失うぞ」

「スーツケースが重いんですうっ!走らないでください!」

ーー忘れていたが、我が危険魔法対策部部長も、私の名前を初日で覚えた数少なき人物のうちの一人だった。

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