01. 異端者(9/37)
男は数メートル飛んだ。そして勢い余って地面をゴロゴロゴロと転がったあと、仰向けのまま動かなくなった。完全に伸びているようだ。
突然のことに皆唖然としていた。私もしばし呆気に取られていたのだが、ハッとし、攻撃の軌道を辿る。先ほど感じた魔力からみても、それは完全に私の背後だ。慌てて振り返った。
「…………。」
「…………。」
いやいやいや、あるはずがない。背後の人物と数秒間見つめあったが、すぐに視線を前に戻す。
俄かには信じ難い事態に脳みそが着いていけなかった。だから一度深呼吸をしてから、もう一度振り返る。
「…………。」
「…………。」
ダメだ。たぶん目が疲れてる。一度目を閉じ、目尻を揉んでマッサージして、そのあとにまた……、
「そんなに俺を信じたくないかよ」
呆れたように溜め息を吐いたのは、例の巨人男………の、隣に佇む美青年。彼は銀色の猫っ毛をふわりふわり揺らしながら此方へ歩いてくる。そして目の前で止まると、突然私の脳天に手刀を落とした。強いものではない。しかし反射的に、イテッ、と首を縮こめた。
「惚けてんじゃねえよバーカ」
目の前に再び現れた『魔導書』は、気怠げな灰褐色の瞳で私を見下ろしている。
「え…………、なんでいるんですか?」
「いちゃダメかよ」
「いえまさか。ダメなことないです。けど…」
けど、男達に絡まれた私を置き去り、彼は行ってしまったではないか。というより、置いていったも何もない。そもそも私は尾行をしていたんだ。彼は私が着いてこなくなったことに、気付いてもいないはず。
いや、違うな。気付かれてた。だからあんなに道をクネクネと進んでいたんだ。私を撒こうとして。
つまり彼は私に着いて来られたくなかった。となると、私が男共に絡まれたのは好都合。にも関わらず、わざわざ道を引き返して来た。
まさか…助けに来てくれた?いつの間にか私と男達の間に立ちはだかった彼の背中を見て、そう思った。
「て、てめえ、仲間がいたのか!?」
予想外の彼の乱入からしばし時を経、ようやく状況を把握しようとする者が現れた。魔道士二人を相手にしなくてはならない最悪の事態に気付いたのか、ガクガク震えている。見ていて少し可哀想に思ったが、私は自信満々に頷いた。
「はい」 「いや」
ん?なんか自分の声と同時に別の低い声も聞こえたぞ。
「お前、俺のこと仲間だと思っているのか?」
「違うんですか?」
「は?お前は俺を捕まえるんだろ?」
「ですね」
彼は肩越しに振り返り、それはもう盛大に溜め息を吐いた。
「じゃ、敵だろ。俺たちは敵同士。ここ、ちゃんと中身入ってるんですかー?」
トントンと、彼の指先がつむじの上でリズムを刻む。慌てて頭を覆い隠した。
「つむじはダメです!背が縮みます!」
「そりゃ困るわ。それ以上縮んだらもうお前見えねえよ」
なるほどよく分かった。この男、明らかに敵だ。私の中で『魔導書』は、部長と同じ分類に見事カテゴライズされた。
乙女のコンプレックスに触れてくるなんて、紳士としていかがなものなんですか!?アリンコですかミジンコですか!?
後ろから見る彼の跳ねた襟足に、異常にムカついた。
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