01. 異端者(6/37)

立ち止まるつもりなんてなかった。が、いかんせん。突然進めなくなった。スーツケースがつかえている。

石畳にでも引っかかったのか。先ほどよりもやや強めに引っ張ってみる。やはり進まない。さらに強く引く。それでも進まない。

一体なにが邪魔しているんだ。途方に暮れて振り返った。

「何か言いたいことがあるようだ、お嬢ちゃん?」

「放してください」

「おっと、そりゃできねえな。どうしてもっていうなら、ちょっとだけでいいんだ。一緒に来てくれよ」

背後では、男がなぜだか愉しげにスーツケースを掴んでいた。さらに、着いて来い、とよく分からない一方的な要求をしてくる。

「いやですよ」

当然私は拒否した。

すると意外にも男はすんなりと手を放す。そんなにあっさり行かせてくれるなら最初からそうしてくれればいいのに。男が何をしたかったのかさっぱり分からない。

怪訝に思いながらもすぐさま踵を返した。しかし先へ進むことは適わない。行く手を阻むように、5、6人の男が私をグルリと囲んでいた。一人だと思っていた男は徒党を組んでいたのだ。

男たちはそれぞれにニヒルな笑みを浮かべ、じりじりと歩み寄って来る。私を中心とした円は、次第に幅を狭めていった。

「マズイ…ですね」

ちょうど正面の男を見て思わず弱音が零れた。男の背は高く、私の二倍くらいあるのでは、というほどの圧迫感だった。実際にはせいぜい二メートルくらいだろうが…状況は芳しくない。

「どうしましょう…」

「どうしようもねえだろ!え!?最初からお嬢ちゃんに選択肢はないのよ!」

おそらくリーダー格なのだろう。輪から一歩後退して高みの見物を決め込んだ男の高笑いが響く。

「お嬢ちゃんは俺らに着いて来る。これは決定事項なんだよ、残念だが!さあ、大人しく…」

「ああもう、ちょっと黙ってください。いま集中してるんですから…!」

「は?」

男の間抜け声。次いで、なんだとこの野郎、とかいう汚い言葉が聞こえた。しかし彼に構う暇は一瞬たりともない。


すでに目は瞑り、視覚は閉じていた。これだけで十分だと思っていたのだが、いかんせん、近くで喚く男等が煩くて集中できない。「てめえ何様のつもりだー!」だとか「この人が誰だか分かってんのか!?この界隈占めてるマティスさんだぞ!」だとか。耳触りで敵わない。

こっちはかなりマズイ状況なんだ。何がマズイって…目の前の巨人男の所為で、あろうことか『魔導書』を見失ってしまった。本当に困る。

だからこうして再び魔力感知能力を使い、『魔導書』の気配を探しているのだ。

大丈夫。まだ近くにいるはずだ。探せる。

爪の先まで神経を張り詰めるほどに集中力を高めていく。だがやはり外野の騒音が気になる。私もまだまだだ。自嘲しながらも、耳を塞ごうとした。が、その手首を突然掴まれた。

「てめえ聞いてんのか!!」

巨人男だった。彼は見かけ通り力も強く、締め付けられる手首は鬱血寸前だ。

しかし負けてられない。こっちは仕事が懸かってる。それに何より、ここで諦めてしまっては二度と『魔導書』を見つけられないかもしれない。それはすなわち、部長の新人いびりに屈するということを意味する。絶対にイヤだ。

厳格そうに光る眼鏡と、人を小馬鹿にしたような鼻笑いが脳裏に浮かぶ。自ずとアドレナリンが湧いて来た。

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