01. 異端者(4/37)
「まず『魔導書』についてだが…」
どうやら私の呟きは聞こえていたらしい。しかも答えてくれるようで、私はメモ帳を構えた。
ところが全神経を集中させて彼の言葉を待とうと、沈黙は長々と続いた。それどころか、話を続ける気があるのかないのか、彼は器の下に溜まっていたアイスクリームの残りを長いスプーンで掻き集め始める。
いい加減痺れが切れた。もう一度問い直そう。そう決めて、あの、と呼び掛けた。しかしそこに被せるように、彼は言う。ちょうど掻き集めたアイスクリームをパクリと口に入れた後だった。
「わざわざ自分を捕まえに来たやつに情報渡すかバーカ」
「はい?」
「名前に関しても然り。回答終了。ハイ、さよーなら」
机の上にスプーンをホイと投げたと思ったら、彼は突然立ち上がる。そして踵を返して出口へと向かっていってしまった。
「ちょっと待ってください!」
私は椅子の上に広げていた荷物を慌てて引っ掴む。といってもスーツケースとコートだけだ。荷物を抱えて彼に追い付くなんて、ものの数秒で済むはずだった。
ところが店から出ていった彼を追いかけようとしたところで、背後からツンツンと服を引っ張られる。
「お嬢さんお嬢さん」
「はい」
「お勘定」
よぼよぼのお爺さんが笑顔で私に差し出すのは、蛇のようにダラダラと長い伝票だった。
予想外の足止めと出費はかなりの痛手だ。
一応魔道学協会宛てに領収書は書いてもらったが、彼の食費が経費で落ちないようであれば、『魔導書』を首都に連れ帰ったところで私は路頭に迷うこととなるだろう。来月の家賃が払えない。
だが不幸中の幸いで、彼のことは見失わずに済んでいた。店からの全力疾走が功を奏し、前方に彼を捉えることに成功したのだ。
ちなみにこれ以上、間を詰めるつもりはない。一定距離を保ち、彼にばれないように観察しようと思う。
教えてくれないのであれば、自分で探るまでだ。
ひとまず手近な建物の影に身を潜め、大きなスーツケースの上に腰を降ろす。夏でもないのに額には汗が伝っていた。それを拭い、物陰から顔だけを出す。
なんだか探偵みたいでカッコいいかも。
呑気なことを考えながら、彼を尾行し始めた。
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