01. 異端者(3/37)
「『魔導書』というのは古代魔法の一種であり、自分自身を術式に食い込ませ、自らが『魔導書』となる。その代償として魔力の全てを失う…ですよね!」
『魔導書』の最大の特徴は魔力がないことだ。
どんな生き物であれ、その身にいくらかの魔力を宿している。人間も同じ。魔道を使えるか否かはまた別の話となるが、誰しもが魔力を持つ。
ところが『魔導書』となった人間は全ての魔力を失う。普通であればそれはすなわち生命の終わりを意味するのだが、『魔導書』は違う。魔力が枯渇してもなお、生き続けるのだ。
『魔導書』のこの性質ゆえ、魔力感知能力を使い、彼を見付けることに成功した。余談になるが、辛い訓練だったけど魔力感知能力を手に入れて本当に良かったと思えた瞬間だった。
「まあそんな感じだな。よくお勉強してんじゃん?」
やたら偉そうな態度が若干気になる。しかし褒められれば嬉しい。ありがとうございますと、照れながらもお礼を述べようとした。ところが出来なかった。空の器にスプーンを投げ入れた彼の表情に釘付けになってしまったのだ。
「でも全然分かってねえのな」
なぜだかとても淋しげに、自嘲するように彼は顔を歪めた。
分かっていない。当たり前だ。そもそも彼に出会うまで、『魔導書』の実在すら信じていなかった。 『魔導書』とは、現代では禁止されている古代魔法の中でも特に謎が多い魔法だ。そもそも生物の魔力がゼロになるだなんて、それだけで在り得ない。まさに人の領域を超えている。
もちろん『魔導書』に関する専門書や研究論文はなきにしもあらずなのだが、信ずるに値するかは定かではない。著書によって内容はてんでバラバラ。有力説と呼べるものもなかった。調べようにも調べられない。
彼の『分かってねえのな』は、そんな『魔導書』として、他人に理解され得ることのない孤独さから来ていたのだろうか。だから僅かな表情の変化から、あんなにも淋しさが溢れていたのだろうか。
「分かっていないと思うなら、教えてくださいよ」
呟くように言った言葉は聞こえてないのだろう。返事はない。
こっちだって分かりたい。知らないことだらけだ。『魔導書』についても、出会ったばかりの彼についても。
ん…?彼…? そういえばそもそも…
「お名前聞いてませんでしたよね!」
「は?」
「私の名前はもう言いましたっけ?時間も経ったし忘れちゃいましたよね。気にしないでください。覚えづらいってよく言われるんです。ナユといいます。ナユ・ルクレシアです。で、あなたは?」
まずはお互い自己紹介をしなければなにも始まらない。そう考えたのだが……あれ?おかしいな。彼との間に異様な距離が…。
なぜか彼は背中を壁に全力でくっ付け、目一杯体を引いている。ときおり頬がひくついていた。
「お前はアレか?エラ呼吸か?」
「はい?」
「とりあえず座れ。近い」
指摘されてようやく気付いた。どうやら私は話しながら卓上に半身を乗り出し、彼に押し迫っていたらしい。やってしまった、と反省し、ストンと椅子に腰掛けなおすと、彼はホッと息を吐いた。
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