山南の驚異其ノ弐、退化薬




「おねぇさんたち、だれ?」

その一言はその場に居た者達を凍りつかせるほどの勢いだった。



山南の驚異其ノ弐、退化薬


襖を開けるとそこは不思議の国、ではなく見知らぬ子供。

誰しも見間違う余地はない。この新撰組頓所内でお目にかかる事はないだろう光景。
布団から起き上がり寝ぼけ眼で見つめられる、それだけならこれほどの事はなかっただろうが、俺達はある事実に部屋の敷板も踏めないでいた。
その原因はというと。


「…お姉さん?」


よく知った人物を、そのまま縮めたような子供がいたからで。いや、その表現は正しくはない。
正しくは、過去に見た事のある子供が千鶴に向けていた瞳をこちらに移し微かに笑ったからで。
この場で唯一土方だけがびくりと身体を揺らし、まさかといった表情で子供から目が離せないでいた。
いや、まさか。こんなことがあるなんて。

自分の問いに答えない俺達に痺れを切らしたのか、その子供(齢は十にも満たないであろう男児)は再度呼びかけ返事を待った。
布団の上でちょこんと座る子供は、固まったまま立ち呆けているこちらを見上げているが、なにしろその差は大きい。
俺達の中で一番背の低い、千鶴の腰帯と同じくらいの高さに子供の頭があるため、子供はかなり上を向かねばなるまい。
千鶴の後ろに佇む斎藤や俺、ましてや原田はもっと大きいのだから目線を合わせるだけでも首が疲れてしまう。

いずれにしても、キョロキョロと視線を動かさねばこの固まった空気が更に固いものになる気がして子供は無意識に視線を泳がせた。
だがそんな事をいつまでもしている訳にもいかず、もう一度子供が呼びかけようとしたところで千鶴の口が動いた。
最初はぱくぱくと言葉にはならなかったが、子供には最初の音だけ聞こえたようで、首をこてんと傾げ「…か?」と真似をする。
さらりと揺れた髪の柔らかさに、子供ならではのふっくりとした輪郭。
無垢な瞳はさきほど眠り眼をこすったためか、今はパチリと零れんばかりに開かれている。

「か、可愛いー!!土方さん、この子とても可愛いですね!」
「――っ、あぁ…」
「それにしてもコイツはどこの子なんだ?」
「形容からして総司の血縁、だろうか…。いやしかし縁者が京まで上っていると連絡はなかったはずだが」
「もしかしてアレか?多摩に残してきた総司の置き土産ってか?」
「左之、それだと総司が十二やそこらで子を生した事になる」

誰もソイツの着ている襦袢にはツッコマないのかと土方は片頬が引き攣る思いで、嬉々として可愛いと連呼している千鶴に相打つ。
総司そっくりの顔、変声期前の声、そして総司のものと思われる大きすぎて開けている襦袢。
自分にも近藤のところにも縁者が来ていると連絡は来ていない、いや、それ以前にこの年代の子どもはいなかったはず。
だとしたら考えられる事は一つ。信じられないかもしれないが、この目の前にいる子供は――。


「総司は僕だよ?みんなしてダレの話をしてるの?」

「…そう、じ?」
「なぁに?」
「嘘だろ…?、マジで言ってんのか…」
「え、えぇ?この可愛い子って沖田さんなんですか!?」

誰しもが驚き、マジマジと頭のてっぺんから足の先まで子供を見た。
特に千鶴なんて沖田の子供時代を見られて嬉しいのだろうか、目を輝かせている。
自分には見目可愛くも喋れば生意気なガキという認識が昔よりあるため、千鶴のように素直に可愛いとは思えない。
記憶にある姿とはいえ、念のため子供の名を確認するが。

「お前、姓は何だ。あと歳は?」
「………」
「おい聞いているのか」

「人に尋ねる前に自分から名乗るのが礼儀じゃないんですか、おじさん」


―――、訂正。
見た目も性格も何一つ可愛くねぇ、ただのクソガギだ。


俺がおじさん発言に若干傷つき傷心している隅で、原田なんかは腹を抱え笑ってやがる。
手前も俺と同じような歳のくせして。俺がオヤジなら手前もオヤジだ。
普段鉄面皮な斎藤も、今は一際強く口が横一門に閉じられている始末。
くそ、笑うならはっきり笑いやがれっ。無理に堪えようとするな!


「私は雪村千鶴って言います、名前教えてくれるかな?」

千鶴はおじさん発言を気に留めていないのか、勝手に話を進めニコニコと子供の近くへ移動していた。
もうクソガギの相手は千鶴に任せよう、そう思って自室へと戻りたがったが名前確認のためにもう少しだけその場に留まった。

その間ポンと肩を叩かれて原田の方を向けば、「子供の言う事だ。気にするなよ土方さん」と笑い泣きした顔で慰められ。
気休めにもなんねぇんだよとただ一言だけ重く返した。
本当はこれ以上その発言に触れるな、塩を擦り込むんじゃねぇよと言いたかったが、自分でも虚しくなる為それは心の中だけにしておいた。






かくして子供は沖田総司本人であり、十にも満たないと踏んでいたが実は十二才であった。

(そうだコイツはチビだったくせにいつの間にか俺を追い越しやがった)

どうやら身体だけでなく記憶まで退行してしまったようで、俺が誰だか分かった途端やはり信じられないような表情を浮かべたが、すぐにでも平常を取り戻し。
「たった十年ほどで、こんな風になって(老けて)しまうんですね」と、ほざきやがった。
捻くれた性格は子供の頃から変わっていなかったらしい。
またもや原田と斎藤に爆笑の波が押し寄せ、いっそ総司を殴ってしまおうかと震えるほど拳を強く握りしめるが。
「沖田さんは土方さんに負けないくらい格好良くなりますよ!」と、ワザととしか思えない天然発言をした千鶴に遮られ、込めた力を発散する機会を断たれた。



この行き場のない怒りを何処へ向けようかと思い、総司が子供になった原因であろう人物のところへと土方は矛先を定めた。



(副長!一体どちらへ!?)
(お前らは総司の相手でもしてろ!俺は山南さんの所へ行ってくる!)
(でしたら俺も、)
(斎藤、お前は土方さんの言うとおりガキのお守りな)
(…分かった)
(沖田さん一緒に金平糖食べませんか?京のものはとっても美味しいんですよ!)
(だったらあの人も食べていけば良かったのにね……ふふっ、土方おじさん?)


END.
2011.6.26



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