足りない言葉4






総司が床に臥せっていたこの頃、皆が口をすっぱくして休んでいろと言っても総司は頑なに務めを果たしたがっていた。
二の口には「もう大丈夫だから」と一向に緩解をみせない体調の悪さを否定していたのも、全ては確固たる足場を取り戻そうとしていたがためだ。

気付かなかった。
気付こうともしなかった。

総司との関わりを淡白にしていた自分の愚かさが悔やまれる。
総司が、俺だけでなく近藤さんの前からも姿を消そうとした馬鹿な行為は、昨日話した俺の台詞が引き金となったんだ。
肝心な事は話さず、変に食いついた総司を適当にあしらって、ここまで総司を追いつめた。

今もまた俺の言葉が総司を傷つけているかもしれない。
だから慎重に言葉を選び、アイツの傷ついた心を癒すように伝えるんだ。

「お前が近藤さん離れできないのは百も承知だ、俺が妬くのを通り越して飽きれるくらいにな。
俺にはそこまで出来ない。俺ではなく、お前が最後まで近藤さんを守れ。
近藤さんの、新撰組の剣である一番隊隊長は、総司、お前にしか務められんねぇ。
お前は新撰組に必要なんだ。…だから今はしっかり休んで――戻ってこい、総司」

すると総司の双眼から溢れんばかりの透明な水が更に湧き上がった。
濡れた翡翠が万華鏡のようにキラキラと反射し、とても美しい様子に目を奪われる。
そして総司は静かに笑った。
聖母と謳われるマリアのような優しい微笑みで、ミツさんと似ていて異なる笑い方をする総司をどうしても抱きしめたくなり、支える手に力が入ってしまった。

「近藤さんも、皆心配して――って、オイ総司どうした!!」

そして土方が照れ隠しでそっぽを向いた途端、圧し掛かる重力、それは消耗しきった総司の重さだった。
頭は項垂れ、四肢も脱力しきっている。
何度呼びかけても反応が薄い、半ば強制的に見物人数人の手を借り土方は帰路を急いだ。












総司は暗い暗い池のほとりで何をするわけでもなく、膝が隠れそうなくらい足を池に浸しただ突っ立っていた。
ときたま、どこからともなく水面の波紋が発生していく不思議に水中をじっと眺めた。
暗くて見えないはずの足元が、白く光って見えた。
水が透き通っているのか、はたまた自分自身が光っているのか。
僕はどうしてここにいるんだろうと考えていると、ぞわりと全身の肌が粟立った。
なにかと発生源を見てみれば、水の中から現れる黒い何かに足を掴まれ……そして。


目に入ったのは行燈の淡い灯。
別な何かに引き上げられ池から身体が浮き上がる感覚を鮮明に覚えているのに、あれは夢だった。
その証拠に今は自分の部屋に寝かされている。
不安定な灯はゆらりと部屋の全貌を照らし、その一隅に黒く揺れるものを見つけた。
夢のように恐怖を感じた存在ではなく、むしろその後の――。

「…ひ、じかたさん」

うつらうつら船を漕いでいた頭が大きく揺れ、あぐらをかいて器用に寝ていた土方を起こした。
が、覚醒するには至らなかったようでまた船を出そうとしている。
総司はゆっくりと上半身を起こす。
途中、額から落ちた手ぬぐいは心持ち冷えており幾度となく交換してくれていたのが手にとってわかった。
お世辞にも忙しくないと言えない人なのに、こうして看病してくれている事が嬉しかった。
羽織もかけずにどれくらい居たのかは分からないけど。

「土方さん、起きてください」
「……ん、そうじ…?」
「身体を温かくしないと風邪引いちゃいますよー――て、わふっ」

起こすために伸ばした手を逆に引かれ、総司は土方の胸に埋もれた。
突然の事と触れる体温に感化され、元より高かった体温が更に上がった気がする。主に顔が。

「土方さん?どうし「すまなかった」」

真上から聞こえてくる声に、どうしたんですかと問う間も無くきつく抱きしめられる。
ただ一言の詫びに、沢山の思いが込められてる気がして、総司は何も言わずにじっと受け止めていた。

謝るのは僕の方なのに。出会った時から変わらない土方の香りが、意識を失う直前の出来事を思い出させる。

『近藤さんの、新撰組の剣である一番隊隊長は、総司、お前にしか務められんねぇ。
お前は新撰組に必要なんだ』

土方さんにそう言われ、すごく嬉しかった。
ずっと抱えていた心のわだかまりが融けるように、土方さんの言葉が僕の中にまっすぐ入ってきた。
土方の言葉に惑わされ、悩み、喜び、心が温かくなる。
いつもなら跳ね除ける手だって、今は素直に身を寄せられるし恋しく―――って、僕は土方さん相手に何を思ってるんだ。
僕は男で、土方さんも男で。
別にこの手だって離れても何とも……、駄目だ離れたら寒いとか寂しいとか、考えるだけでダメかもしれない。
夢でも、現実でも助けてくれた手に触れたら自分からは離れがたい。

「ねぇ、土方さん。言ってましたよね」
「…何がだ」

どれぐらい抱きしめられていたのかはわからないけど、短い間ではなかった。
そして話すために解放された総司は少しだけ不貞腐れた。

「僕が近藤さん離れできないと妬くって、どういう意味ですか」
「……そのまんま、だ。俺が」
「近藤さんが好きなんですか?色恋沙汰的な意味で」
「勘違いするな、バカやろう。勝手に結論付けて一人で突っ走るんじゃねぇよ」

馬鹿とまで言われて更に拗ねてやろうかとも思ったが、その後続いた説教にさすがに耳が痛くなった。
昨夜からの続いた己の愚行を思えば、身の振りを改めるべきかもしれない。
だけどそれは自分だけのせいだけじゃないと考え直す。

「だいたい土方さんは大事な事はいつも言わず終いじゃないですか。
解釈する僕の身にもなって下さい。それに変に勘違いされたくなかったら、はっきり、言葉で言ってください」

総司は開き直ったのか、男らしくさぁどうぞ!と言わんばかりの勢いだ。
それに土方はたじろぐ事なく、総司の目が覚めたら正直に言ってしまおうと用意していた台詞を吐いた。

「俺はお前が好きだ。抱きてぇとも思ってる。
単に腕をまわし合うって意味じゃなく、女のようにお前に突っ込んで「ああもーいいです」」
「はっきり言えったのはお前だろ」

人が恥を忍んで言ったのにと続くはずだった言葉は、伝えるべき本人によって遮られた。
目前に出された手と、その隙間から覗き見えるほんのり赤くなっている耳によって。
生娘じゃあるまいしその反応はなんなんだ、と土方が総司の覗きこめば自然と口元が弛む。

「…何も言い返さないって事は、両想いって解釈してもいいのか」

自覚したばかりの恋心を見抜かれた総司は、一度だけ小さくバカとだけ言って自ら土方の胸に飛び込んだ。
ぐいぐいと頭を押し付ける子供を土方は笑ったまま受け止めた。
その様子を肌で察したのか、少し投げやり気味に総司は言い放った。

「勝手に解釈しててください」

そう言った総司の耳は赤いままで。





END.

2011.3.25



琉宇玖さまよりフリリク頂いた内容でした。
2010/09/23からおよそ半年…大変お待たせしてしまい申し訳ありません!
せっかく頂いた素敵な設定を上手く活かしきれない柊の技量に泣けてきます。
ご指摘があればいくらでも書き直します〜!!
布団の中でガクブル震える柊を蹴ってください。
それでは再度お礼申し上げます、フリリクありがとうございました!





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