足りない言葉3






かの有名な新撰組の沖田と不逞浪士達の斬り合いは、圧倒的な力の差を持って沖田が場を制した。かのように見えたと後の人は語った。


「へ…へへっ、どうしたってんだ沖田さんよォ、この程度でへばったのか」

これまで優位に立っていた沖田の動きが急に止まり、胸を押さえるようにしてその場に蹲ったのだ。
捻じ伏せられそうだった浪士は残り自分一人になったところで状況が一変したのを嬉々とし粋がった。
あの新撰組の隊長を相手に自分一人が同等にやり合い、無傷ではないがまだ立っているのだからと。

周囲からすれば実力の差は歴然。
たまたまあの浪士が最後に残り、原因は分からないが沖田が突然膝をついただけなのだか、浪士はここぞとばかりに己の優位を知らしめた。

「貴様のような軟弱な者が一番隊隊長だと?笑わせてくれる!」

地面に突き立てた総司の刀に、より一層の力が入る。
こんな奴に笑われるほど融通の利かなくなったこの身に。

「所詮は田舎者の集まりよ。近藤勇の器だってたかが知れる、百姓上がりはどうあがこうが死ぬまでずっと百姓。」

うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!お前なんかに近藤さんの何がわかる!
近藤さんはっ、近藤さんは誰よりも情が深くて不器用で、思ったことは顔に出してしまうけど。
真っ直ぐすぎるくらい固く筋の通った信念を持っているんだ!
そこら辺の侍なんかよりもよっぽど侍なんだ!総司はそう言い返したいが、こみ上げてくる血の味と息苦しさを必死に耐えていた。
こんな奴の前で更に弱っているところを見せれば、自分だけでなく近藤さんまで貶められると。
だから目いっぱい浪士を睨みつけた。

「貴様もせいぜい同郷のよしみで隊長なんて座にいるだけだ、つまりはお情けなんだよ!刀を十分に交えられない貴様なんぞ――」

浪士が刀を構えて一歩ずつ沖田ににじみ寄る。
立てよ、立って戦うんだ。ギリリと総司は全身に闘気を巡らせるが、膝が地面と癒着したかのように一向に離れない。
ただ埋め込まれた刀身の辺りで土が軽く盛り上がるだけ。

あと一太刀だけでいいから。

それさえ出来ないなら男の言う通りじゃないか。
と、浪士との距離が狭まり刀が真上に高く振り上げられて。

「――新撰組を名乗る価値すら無いわ!」

その刀と共に最終宣告が沖田に下された。
浪士の言葉は沖田の心に深く突き刺さっていく。きっと、今から与えられる肉を斬り裂く刃よりもずっと深くに。
自分でも認めたくなかったその事実が心を引き裂いていく。

ごめんなさい、近藤さん。ごめんなさい。

最期だから、ずっと心の奥底に留めていた涙が総司の頬を伝った。



近藤さんが描く未来を一緒に見たかったけど、どうやら僕はここまでのようです。
まだまだ近藤さんの役に立ちたかったけど、僕なんかよりあの人の方が、土方さんの方が近藤さんを支えてくれるから。



走馬灯なんてありもしない、ただ命の灯が消える間際に浮かぶのは後悔と懺悔。
それから嫉妬と――――

ところが、覚悟していた次の痛みが一向に来ない。
死と対面するまでの時間がこんなにも長いなんて知らなかったよと、改めて浪士を見れば何故かその身体を一瞬にして震わせ。
かと思うとようやく浪士はゆっくりと振りおろし……僕の横に倒れこんだ。
命を奪うはずだった物は歪んだ曲線を描いた後、持ち主の傍らへ音を立てて地に落ちた。

何事かと総司は瞬きする事も忘れ、止まった頭をかろうじて働かせ現状を確認する。
数少ない野次馬がざわめき、倒れた浪士は背中から血を流して伏せている。
斬ったのは自分ではない。
ではいったい誰が。

そうして視線を上げ、目に飛び込んできたのは――最後に思い浮かんだ土方さんだった。
土方さんは肩で息をし、血飛沫を浴びたまま真っ直ぐ僕を見つめておりその眼光からは怒りがのぞいている。

「総司無事か!?って――この状況でなに笑ってやがる、このバカ」
「…さて、なんででしょうか、ね。土方さんが…助けに来て、くれると思ってた、のかも」

なんで笑ってるかなんて自分でも聞きたいよ。
この人が現れるまでは泣いていたはずなのに、きっと今の僕は泣き顔と笑い顔でぐしゃぐしゃになっているんだろう。
耐えていた咳も再度無理やり押し込み、絞り出すように発せられた僕の声は自分でも情けないくらい掠れて、震えて、ほんと情けない。
でも、情けないのは泣いているからだと思ってくれればいい。

「当たり前だ。…探し回ってようやく、見つけたと思いきや斬られそうになってる奴を見捨てるかよ」
「…だったら――――なら、見捨てた、んですか」
「おい、総司?」

息も絶え絶えに話す総司の言葉が聞き取れず、倒れそうになっている身体を土方は支えた。
触れた身体は土方が思っていたよりも熱く、発熱していることがわかり、どこか安静に出来る場所をと辺りを見渡すも、厄介事に巻き込まれたくないと野次馬たちは目線を合わせる前に逃げて行った。
やはり屯所か、と土方は内心舌打ちをし、転ばないようにと総司の片腕を首に回し腰に手を置いた。

「行くぞ、歩けるか」
「……行くって、どこにですか…」
「屯所に戻るに決まってんだろ」

屯所、……と頼りなく呟く声が聞こえ、土方は次の言葉に何故総司が屯所から居なくなったのか悟ってしまった。

「僕は、あそこに居ても…いいんですか。…隊長でいら、れるんですか――」

この年下の大きな子供は、新撰組の居場所に疑問を持っていたんだ。





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