足りない言葉2






京の美しい町並みをゆっくり見物する間もなく、土方は人の流れに逆らって一人の人物を探していた。
幹部たちに総司を連れ戻せと言い残し先だって町へと繰り出した。
急ぐばかりに足が一歩づつ大きくなり、ついには風をきるように走っていた。
時折、何事かとすれ違った者たちが振り返り、しかし何もなかったかのように日常へと戻っていった。
所詮は他人事。興味を示すこともなく、いや興味を示されても迷惑だった。
今は僅かな時間も惜しいのだ。

土方はこれほど自分に余裕がない事に嘲笑した。
他にもっと優先させるべき事はいくらでもあるのだ。
人手不足の問題、物資の問題、資金源や町人の評価など挙げればキリがないほど。
近藤さんと新撰組の為にしなければならない事はどれだけ経っても尽きない。
だが、今の最優先事項はたった一人の男のために。
そう思えば格好の良いものだが、本当のところは自分のためだ。

昨晩、総司の様子がいつもと違っていたと気付いていたのに。
影の薄くなったように痩せこけたアイツを見たくなくて。
覇気のなくなった憎まれ口を聞きたくなくて、気付かない振りをしてしまった。
それがアイツの自尊心を守るためだといい訳までして。

だが実際のところ総司と向き合うのが怖かっただけではないか。
総司らしくないと、身体だけでなくアイツの心まで深い闇に堕とし総司を失ってしまえば自分は自分が許せなくなる。
ただ自分の保身のために目を背け逃げたのだ。
それこそが総司を追いつめてしまったというのに。

だから今、総司を追っている。
総司と、自分自身と正面から向き合うために。



「…何でもあの新撰組と不逞浪士どもの斬り合いだってよ」
「おっかねぇ。関わらない方が得策だな」
「それにしても一人を複数で襲いかかるなんて怖い世の中になったもんだ」

聞こえてきた声に土方は足を止め、肩息荒くその会話に割り込んだ。

「ッおい!それはどこでやってる」
「う、うゎ。なんなんだアンタ」
「いいから答えろ!」

話し込んでいた男たちは鬼のような剣幕に肝を冷やしたのか、三路ほど向こうの、と震えた声で道を示した。
聞くや否や疾走する土方を、その場にぽかんと棒立ちしている男たちは瞬きする間もなく見送った。










時は少しばかり遡り、民家が連なる通りに皆が探し求めたその姿はあった。
総司は幹部たちが今まさに走り回っているとは知らず、時折見かける小石を踏みながら歩いていた。
久しぶりと言うように隙間を通ってくるそよ風が揺れていた気持ちを少しだけ落ちつけてくれる。
そうして歩いていると、いくらか見慣れた土地のはずなのに上京してきた当時のように一変して見える。

「は、離してください!」

だが、あの時とは決定的に違うものがいくつもあった。
新撰組のため、京の治安を守るためのやり方だとか斬り方を覚えた。
総司は気だるい身体を叱咤し、先ほど聞こえてきた女性の元へと向かった。

「寄ってたかって一人の女性に迫るなんて見苦しいよ。その下品な手を今すぐ退けたら?」

すると今まで年頃の女性を囲んでいた三人の男の内の一人が総司に近寄り、まじまじとその整った顔を見下した。

「おう?色男さんよ、手前の出る幕は無いんだよ。」

なんともお決まりの台詞なんだ。
総司は、「背だけ一丁前に高いひょろっこいガキが何言ってやがる」とニヤニヤ嘲り笑う男を無視し、合間を縫って女性の腕を引っ張った。
その力に導かれ、ポンと背を押された女性は一気に見通しの良くなった空間に放り出された。
その開かれた視界の先には、これからいったい何が起るんだと集まった野次馬たち。
今までいた場所を振り返ると先ほどまで自分に絡んでいた男達と、新たに現れた一人の青年。
その青年が自分を助けてくれたのだと理解すると、周りを味方につけようと女性らしい高音で叫んだ。

「そいつらは不躾にも父の店に押し入って資金援助を断られた奴です!
娘の私から金を脅し取ろうとして」

一息に何があったのか語尾をまくし立てて言うや、もう二度と捕まるものかと身近な野次馬の中へ身を隠した。

「ふざけんなこの女!俺たちはお国のために働こうってんだ。それなのに要請を断りやがってよぉ!」

男達が今にも刀を抜きそうな勢いに、総司は安心した。


なんだ、だったら斬っても構わないよね。


「ん?何か言ったか」

総司の小さな呟きを聞き取れなかった男が聞き返す。
すると総司はすぐさま己の間合いを取り、鞘から手入れが行き届いている刀身を露わにする。
引き抜く時の、金属が擦れ合う音に総司の胸が高鳴る。
僕でもまだ出来ることがあるじゃないか。
尊攘派だとか倒幕派だとか世の中は爛れ腐敗するなかで奔走する近藤さんのために人を斬る、それが僕の役目だ。

「皆まとめて縛について貰おうか」
「急にお役人のような事言いやがって。貴様、何様のつもりだ!?」
「僕?――僕は新撰組一番隊隊長、沖田総司。」

覚悟っ!と広く響き渡るようなその気迫に押されて、野次馬の大多数が蜘蛛の子散らせとばかりに逃げていく。
助けられた女性は足を竦ませながらも、懸命にその場に残っている。
ただそれだけを横目に確認した総司は複数相手に剣を繰り出した。







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