足りない言葉1




最近めっきり外出する機会が無くなった。
別に隊務が忙しくて身体を休める暇もないという訳でも、近藤さんや土方さんのように休暇がない訳でもない。
むしろ、この余り腐った時間を二人にあげたいくらいで。
庭に咲く素朴な花を美しいと、大した発見でもないが共に分かち合いたい。
周りから、あまり動くなと言われ以前より他人と接する機会も少なくなったが、それでも近藤さんは相変わらず暇を見つけては会いに来てくれるから。
あの人が笑うだけで僕にとっては太陽の光なんだ、と総司は思った。



何日目と数えるのも嫌になったくらい、一日の大半は自室で過ごさなければならない自身の身体をひどく恨んだ。
以前と比べて倦怠感が常に付き纏い、すぐにでも咳がでてしまう。自分でも感じているんだ。
でも、日に日に弱っていく脆弱な自分を認めたくなくて、「もう大丈夫だから」と虚勢をはっても、皆からは「黙って寝てればいいんだよ」と逆に布団に押し込まれる。
そんなやりとりが何度も続き、いったい何時になったら元の状態に戻れるのか。
僕はまるで臨月を迎えそうなどこぞの妊婦かと笑い飛ばせる思考も、労咳と分かった途端奪われた。
隊務もろくにこなせない。
今の現状では、ただただ食い縁を荒らす厄介者ではないか。

近藤さんの役に立ちたくて、剣の腕は誰にも負けないようにと何千何百と稽古に明け暮れぼろぼろになった手掌が、久しく人を斬らなくなった今では見た目だけ綺麗になってきた。
が、代わりに喀血と隠すために己の血で汚れていった。
もうこの手で掴めるものは何もないのか、と剣の柄を握るように形作っていると不意にそこに影が落ちた。

「碌でもねぇ事考えてんじゃねーよな」
「勝手に入ってきて何を言い出すかと思えば…土方さん、不法侵入って言葉知ってます?」

どかどか近寄ってきたと思えば、僕の許可なしに居座る気なんじゃというくらいの勢いに呆れて、
手を伸ばせばその容姿秀麗な顔を抓ってやれる距離まで来た新撰組副長がやけに鮮明に見えた。
いつもより深く刻まれた眼瞼の隈だとか、少し低めに発せられる声が。

「うるせぇよ。そういう言葉は気配に気づいてから言いやがれ」

なんだかんだ言って長い付き合いである僕らにとって、相手の機嫌の良し悪しは一目見ればわかる。
たとえ目つきが悪かろうが、言葉遣いが粗かろうが、表面に皮を被っていてもその本質なんていくらでも見抜けられる。
特に、汚い大人関係を見てきた僕は誰より過敏だ。
言いかえると、本質が分からないよう演技をすることだって出来る。

「療養を命じられた身では、神経をすり減らす事を控えているものですから。
それで、指示を出す人間もいないこんな所に何か用ですか?」

弟弟子という立場からいつの間にか近藤さんの隣に立つようになった男を、正直疎ましいと思った回数は数えきれない。
近藤さんにも僕にもない、抜きんでた頭の回転はいくら望んでも手に入れられないから、せめて近藤さんが教えてくれる剣だけはと自分を戒めてきた。
世間は広くて、新八さんや一君の力量は僕と同等だけど、近藤さんを守れる存在は僕だけだと自負していた。

「近々隊編成をしようと思ってな」
「?今時期に、ですか。どうして、何かあったんですか?」

自負していた、のに。
たった一言でそれは脆くも砕けた。

「ああ、いつまでも同じ隊じゃ馴れ合って稽古にも身が入らねぇ。
刀もまともに握った事のねぇ奴もぼちぼち増えてきているから、今のうちに隊の力関係を見直しときてぇんだ」

土方さんは、これと決めたらどんな手段でも成しとおす。
そのくせ妙に情だけは切り捨てられない難儀な性格だが、すでにこの事は決定事項なのだろう。
除隊された者が増えた訳でもなく、入隊者がそれほど多くいる訳でもないこの時期に。

「……それだけだ。邪魔したな」

そう言った土方さんはこちらを振り返りもせず静かに出て行った。
障子が閉まる音にも総司は何の反応もせず、ただただ目を見開いていた。


そうか、そうなのか。
役者不足の僕には舞台から降りてもらうってわけですか、土方さん。


まさか自分がその対象になるとは露にも思わなかった。
いや、思いたくもなかったと言った方が正しいのかもしれない。
松本先生から宣告を受けたときだって、まだ、あの時は剣も握れた。人も殺せた。
近藤さんの隣に立って走っていけたんだ。
だけど、“まだ”から“もう”に変わってしまったのだろう。
もう剣も握れない。もう人も殺せない。もう……

土方は総司自身でも気付かなかった本質を見抜いていたのだろうか。
もうお前では務められないから俺が近藤さんを守ると。
そう言いに来たのではないか。

「くそっ…くそっ!ぅわぁぁあ!!」

感情任せに、ありったけの力を込めた握り拳で布団を叩きつけた。
僕はまだ戦えるはずなんだと魂からの叫びが、涙と嗚咽に混じっていく。
虎砲にもならない弱りきった身体が疎ましく、身を引き千切りたくて。
握りしめていた掌には、思い切り爪を立てたにも拘わらず血も汗もついていない事実に総司はまた泣きたくなった。











次の朝方、土方は訪れた部屋の様子に愕然とした。
整理整頓が得意な奴ではないが、あまり物を置かない総司の部屋はいつもどこか小奇麗になっているはずなのに。
ところが今日に限って物盗りが入ったかのような、箪笥は段々に開かれ着物は床に垂れ流しになっていたり。
刀を掛けていたはずの衝立が無造作に転がっていたり。
なにより、ここに居なければならないはずの総司が見当たらない。
妙に皺ができた布団に僅かな温もりさえも残されていない事から、随分と前に居なくなったと判断できた。

総司が誰かに連れ去られたのか、はたまた自分の足で出て行ったのかまでは分からない。
だが、土方の頭は総司が居ない事実だけで十分だと告げ、信頼の置ける者たちにこの事を知らせに行った。






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