山南の驚異其ノ壱、転心薬2






時は一刻を過ぎ、太陽が紅く染まり地平線をまたごうとしている。
千鶴はのっそりと音を立てないよう歩きながら、ある一室へと向かっていた。
そして目的の部屋の前までやって来ると周りに誰もいない事を確認し、仕事中毒者へと声を掛けた。

「…ん、千鶴か。入ってくれ」

失礼しますと、礼節を守り部屋の中へ入る。
すると、今まさにこちらの方へ顔を向けた土方と目が合った。
今まで書類へ向き合っていただろう土方が、ふっと笑う。
人の上に立つ立場の者として笑顔の安売りもしない土方が笑いかけているなんて光景は滅多にお目にかかれない光景で。
ああ、この人はこういう反応もするんだ。
ちょっとだけ胸が苦しくなった。

「お疲れさまです、土方さん。
あの、山南さんから皆さんへと頂いたのですが召しあがりませんか?」

今はその苦しみを押しこめて差し出したのは、千鶴が先ほど食べたものと同じもので。
あの後、山南から土方へ勧めて下さいと頼まれたのだ。

「山南さんから…悪ぃな。お前はもう食べたのか?」
「はい、平助君たちと頂きました」

そうか、と土方はここで一人で食べることに気兼ねがなくなったのか口へと運んだ。
実際、甘い物を好き好んで食さない土方へどうやって食べさせようかと千鶴は思考を巡らせていたのだが。

「皮によもぎの味が染み込んでいて美味しいですよね」

そんな心配は必要なかったみたいで、さりげなくお茶をすすめた。

「ああ、中の餡の甘味をよく引き立て、―――ッブハ!ごほ、ごほっ」
「だ、大丈夫ですか!?」

突然むせ始めた土方へ慌てて近寄り、反射的に咳き込んでいる背を優しく撫でた。
涙目になった土方がこちらを見舞う。
が、それはすぐに反らされ、ある一点を見つめた。

「――こ、れはお前が…?」

わなわなと震える指で指し示すのは、いつも甘い茶葉の香りが漂う人肌より少し熱めの物で。

「この、異常……妙に渋い茶は、お前、が淹れたのか?」

土方は、思わず吐き出しそうになるほどの、渋さを通り越して苦味のある茶はいったい誰が淹れやがったと罵声を上げるのをぐっと堪え、恐る恐る千鶴へと問いかけた。
問われた側はしばし考える振りをし、確かにそうだと伝えるときょとんと首をかしげた。

「あの、何かありました?」

すると、信じられないといった様子で土方は息をのみこむ。
だがしかし、千鶴が言うのであれば本当にそうなのだろうと、それ以上何とも言えず、ああ、そのだな、などと言葉を濁した。

その片隅で改めてあの味を思い出す。
元は茶葉とお湯であったものだろうと、とてもじゃないがあれはお茶の類とは呼べない代物に変化していた。
これを淹れた奴は胃がおかしくなったのか、極度の味覚障害ではないのかと疑いたくなるほどに。
とりあえず医者に行け。
舌でも頭でもネジのぶっ飛んだ場所を直してもらえ。
そして二度と茶を淹れるな。

一口飲んだだけでもこれだけの文句がよく言えるもんだなと変な所で感心するが、まだ口の中が酷い。
火傷をした時のようにピリピリとした感覚が残っている。
あいにくと、今この場である水分はあれしかない。
まさか目の前にいる本人に淹れなおして来いと面と向かっては言いにくく、口直しする事も叶わない。
すると千鶴はこわごわと話し出した。

「実は甘いものが苦手と伺ったので、今回は少し渋めに淹れてみたんです。
もしかしてお口に合いませんでしたか?」
「そ、そうか…。気遣いありがとな。その、いつもと味が違ったんで驚いただけだ」

本当はこの破壊的に不味い飲み物は総司の悪戯であってほしい。
いや、悪戯の他の何物でもないと思いたかったが、その望みは粉々に打ち砕かれ土方はがっくりと肩を落とした。

「この味よりは俺はいつもの方が慣れてる、というか安心する味で―――
次はいつものを頼む」
「そうですか、わかりました」

これからもアレを出されたら確実に胃に穴が空く、と必死の思いを込めた願いはあっさりと承諾された。
そして千鶴は山南の所へお礼をしに行くと言い立ち上がった。
俺の分も宜しく言っといてくれ、との言葉を受け取った千鶴は最後に、なみなみと残っている茶を睨みつける土方へ向かって爆弾を投下した。

「ちゃんと召しあがってくださいね」

ぴしゃりと閉じられた障子に土方は、もしかしたら千鶴を怒らせてしまったのかと。
いつもなら一息つけるはずの時間だったはずなのにと。
不味いと言えなかったが為飲み干さざるを得ない状況になってしまったと、後悔の念が渦巻いていた。











「おや…?沖田くんですか。首尾はどうでした?」

今回の結果を書にしたためていた山南がふと部屋に入ってきた千鶴を見上げて笑い掛ける。

「上々だったよ、僕の方は」

沖田と呼ばれた千鶴は、のっそりと支柱に背を預け腕を組みながら可笑しそうに笑う。
続けて、それで彼女は?と聞き返した。

「まだ戻ってきていません。
念のため藤堂君について行ってもらったのですが…」

どこかで足留めを食らっているのかもしれませんね、と答える山南に千鶴は不機嫌さを醸し出してその場へ座り込んだ。

「相手は新八さんでしょ?
僕だと見抜けなかった鈍感な土方さんと違って動物的な直感で気付かれたんじゃない?」

千鶴に扮した自分に対して妙に甘かった土方を思い出してイライラする沖田を余所目に、どんな実験結果が出されるのか楽しみで仕方がない山南は、
それはそれで一つの結果にすぎませんから、と見ていてどこか寒くなるような笑みが滲み出ていた。

「僕にとってはどうでもいい事だけど…」

そんな様子には慣れている沖田は目を閉じて思う。

今、自分の身体はどうなっているのか。
自分の身体に入った千鶴はどうなっているのか。

野性的本能の強い新八さん相手だ。
軽はずみに話せば、すぐにでも僕が変だと何らかの疑問を持ってしまう。
そしてその疑問を問いただすべく、千鶴ちゃんへと迫るんだ。
猪突猛進してくる相手なんて千鶴ちゃんは避けきれないだろうから、ガッシリと腕を掴まれ近づかれ。
言葉より何より、人の意思が宿る瞳で会話する技を心得ている新八さんからじっくりと瞳を覗きこまれ―――って近い!近いって!

果たして、誰の心配をしているのか。
誰に対して嫉妬を抱いたのか。
沖田自身分からないまま、待ち人がいつ戻って来るのかとひっそり意識を廊下の方へと向けていた。


フラフラしてないで早く戻っておいでよ


無意識下でそう呟きながら。





END.

(あ、永倉さん発見、したはいいけどどうしよう!?平助君!?)
(んな焦んなって。もしもの時は俺が助けてやるからよ)
「お、総司じゃねぇか。聞いたぜ、斎藤と一戦交えたそうじゃねぇか」
「え、えぇ、まぁ…」
「どうだ?これから俺とも戦らねぇか」
(えええぇぇ!?)
「ちょっと新ぱっつぁん!?」
「ん、どうした?二人とも何か変だぜ?……もしかして」
(平助君!?……!!沖田さん―――助けてくださぁーい!!)





2013.3.8



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