千里眼を持つ愛しき貴方2





「つかさ、千鶴は具合悪くなったりしてねぇの?総司が参っちまう暑さなのにさ」

共に調理場から沖田の部屋に向かっている途中、お握りと冷水の乗ったお盆を手に持つ平助が尋ねてきた。

「うん、私は大丈夫。暑いんだけど、むしろ暑さに負けないよう頑張らなきゃって思うの。」

実は同じような話をついさっきもしなたぁ、と内心千鶴は思った。
それは、沖田が部屋に戻った後。
様子見で塩水を持って行った際に沖田から聞かれた事と類似していた。




『ふーん。それでどうして頑張れるの?』
『それは皆さんにはお世話になってるから、』
『たったそれだけの理由で?元々君は客人なんだからそこまでする必要はないじゃない?』
『…なら、どうして沖田さんは新撰組のため、ひいては近藤さんのために頑張れるんですか』
『質問に質問で返すってのは好きじゃないけど――。まぁ、僕が近藤さんの為に動くのは、僕が僕であるから』
『……それって、今の沖田さんがあるのは近藤さんのおかげだから、って事ですか?』
『半分正解。千鶴ちゃんは?僕だけ答えるのは公平じゃないよね』
『、わたしは――』





「あーやっぱ女って凄ぇ。俺なら涼しくなるまで動きたくねぇのに」
「女の人は辛い状況でも好きなものの為なら動けるんだよ。働いた後の冷たいお水って美味しくて好きなの」

だからきっと今日のお水も美味しいよ、と伝えると平助くんは喉を鳴らして目の前にあるお水を見て「ぁー」と唸った。

「…これは沖田さんの、」
「いや分かってはいるんだけど無性に水が飲みたくなってな」
「ふふ、平助くんったら…。…あ、ねぇあそこに居るのって原田さん、だよね?」

沖田さんの部屋の前、つまり廊下で腹を抱えて笑いを堪えている原田さんに気付いた。
何をやってるんだろうと平助くんと顔を見合わせ首を捻る。

「なぁ左之さん、なにやってんの」
「ックク、…ん?あぁ、お前らか。面白いものが見られるぞ」

人の悪そうな顔で笑っている原田が示したのは、どうしてか開いていた障子、ではなく部屋の中で沖田に何かを突きつけていた斎藤と土方だった。

「〜っだから要らないってば」
「何を言う。これさえ飲めば身体の怠さなど一網打尽だ」
「その薬の謳い文句は擦り傷切り傷どんな打ち身にも、でしょ。どこに一網打尽する要素が入ってるの」
「アァ、石田散薬は万能薬だ。何にだって効くんだよ」
「その騙し文句は聞き飽きました。だいたい熱燗で飲まなきゃ効かないってところから怪しいじゃないですか」
「総司てめぇ俺に喧嘩売ってんのか」
「売ってるのは土方さんじゃなくて石田散薬です。」
「どっちにしろ売ってんじゃねぇか!」
「とにかくだ、総司。いいから騙されたと思って飲め。」
「…いや、騙されてるのは一君の方だけど」

知らない人が端から見れば、沖田の体調を気にして薬を飲ませようとする美しき友情の図。
感動の涙を誘うような場面なのだが…。
これはどう見ても、悪徳商売、というか押し付け商売の洗礼をのらりくらりと避け石田散薬を受け取ろうとしない沖田がいて。
土方家で精製されている薬の信者を獲得しようとする教祖様と信者の鏡に挟まれた図、に見えて仕方がない。
ある意味、これはこれで別の涙が出そうだ。

「な、面白ぇだろ?ックク」

堪えきれなくて笑いだす原田さんにぽんと肩を叩かれ、笑いが込み上げるのを耐え切れず少し声を出してしまった。
一方、呆れ顔の平助が「またかよ」とさらりと受け流すところに、彼らの長い付き合いを感じた。

「ちょっと、何時までも見てないで助けてくださいよ」

集中攻撃を一身に喰らい、二対一で言い寄られては分が悪いと踏んだのか、沖田は傍観者に救いの手を求めた。
そうして、今の今まで傍観者だった原田が親指でくいっと平助の持つ盆を指し示した。

「まぁまぁ土方さんも斎藤も。せっかく総司が食べる気になったんだ。まずは食事といこうや」
「はいよ、千鶴特製握り飯だ」

布団の中で半ば起き上がっていた沖田に平助は近寄り、さりげなく沖田と斎藤の距離を広げることに成功しお握りを渡した。

「どうもありがとう。ほら、千鶴ちゃんも、ぼーっと突っ立ってないでコッチおいでよ」

沖田さんの声に思わずびくりとして土方さんの顔を窺った。
なぜなら沖田がコッチと示したのは平助とは反対側、つまり沖田と土方の間。
そこに入り込むという事は布教活動…いや、石田散薬の件がうやむやになったままの状況に自ら飛び込むという事で。
長い髪に隠れて見えなかったけれど、話を中断させられて土方の機嫌が良くないのは明確だ。
沖田さんと土方さんに挟まれたら、色んな意味で堪えられないかもしれない。

「食べた感想聞きたくないの?」

しかしそう言われてしまえば、抗えないものが今の沖田にはあった。
笑っている、たしかに笑っているが猫の目に似ている目元は笑っていない。

土方さん、すみません。
心のうちで謝り、意を決して渦中へ飛び込んだ。

「具合の方はどうですか」
「うん、千鶴ちゃんの御蔭で良くなったよ」

お握りを作る前に置いていった塩水も飲み干されおり、顔色も良くなっている。
この分じゃ薬は必要ないかもしれないけど、と袖口を探った。

「塩加減も丁度良いし、食べやすくて美味しいよ」
「それは良かったです。食べ終わったら「薬を飲め」」

ヒタ、と探っていた手と咀嚼していた沖田の動きが止まった。
そうよね、そう簡単に諦める人じゃなかったはず。
小娘一人が間に入ったからといって、引くような人間に新撰組副長が務まっていれようか。
期待の眼差しで土方を見詰める一人を除き、皆が粛粛と土方を見た。

「飯の後は薬の時間だろう?」

狙いすましたその様子に、私は冷たいものが背中に流れるのを感じた。
原田、平助、斎藤は口を出すべきではないと判断し、傍観者になる姿勢をとっている。

「千鶴ちゃん持ってきてくれた?」
「…はい」

一方沖田は何事もなかったかのように問いかけてくるので、私は固まっていた手を動かし、ある物を取り出した。
沖田さんはこの展開を予測していたのだろうか。
お握りと一緒に用意して欲しいと頼まれたが、その時には何も疑問に思わなかった。

「松本先生に処方していただきました、薬です」

今まさに口論になろうとしていた話題に、松本先生から処方されたと先手を打つ沖田さんにはほとほと舌を巻かされる。
してやったりと笑う沖田さんを見ていると、土方さんに感じていた罪悪感が不思議と少しずつ薄れていった。

「ということで土方さん、薬はちゃんと飲みますよ。石田散薬ではない薬をね」
「…あぁ、飲むんなら、文句は言わねぇよ」

布教を潔く諦めた土方は深い溜息をこぼし、傍観者たちは「総司に一本とられたな」と笑い合った。

新撰組幹部の笑い声で包まれた、夏の暑さが厳しい昼下がり。
ほくそ笑む沖田さんとこっそり目配せしたのは、私達だけの秘密。




千里眼を持つ愛しき貴方
(好きな人の傍にいたいから、私はいくらでも頑張れるんです)

END.



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キリ番5,555 雪月 風花様に捧げます(9,9,2010)





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