交わる赤と纏う鉄






暗闇が深まると同様に、錆びた鉄の匂いが広まっていく。
日に日に増すその匂いは鼻腔を擽らせ全身の血液を沸き上がるように熱くさせる。

(――も、う……耐え、られない)

息をついて身体を落ち着かせようとも、頭も舌もあまつさえ心までもが痺れていく。
震える手で抱き抱えるよう腕を強く掴み、痛みをもってこの衝動を抑えるため爪を立てた。
肉までもか、その下に隠れている骨さえも軋むほどの痛みを覚えた時、その腕から流れる赤に目眩がした。

隠し事を行うかのように、そっと、その赤を舌が掠め取る。
鉄を含んだソレは甘美なまでに己を魅了し、傷口が塞がるまでの短いひと時を支配する。
全身の痺れが恍惚とした高揚感に変わり、ふわふわと気持ちの良い気分に酔いしれた。

「美味、しい―――…もっと、もっと」

物陰でその行為が見られているとも気付かず、私は知らず知らず一人笑っていた。












最近の総司さんは酷く具合が悪い。
一日の殆どを床に臥せているにも拘わらず、目を離すと時折何処かへ消えていく。
元々小食な人だったけれど、前に比べ食べる量は減りその身体を支える筋肉はやせ細り薄くなっていた。

「…ごめん、少し横になってくる」

咳込みながらまた床に向かうその背は軽く丸い円を弾ませた。
今日の夕餉も食べ切れなかったと謝る彼の言葉は、気にせず身体を休めてくださいと笑って片付けをする私を気遣うもので。
明確な言葉にしなくても、きっと総司さんは悟っている。
病魔がすぐそこまで迫ってきていると。











その日の夜。
勝手場で洗い物をしていると、ふと別な所から甘い匂いが漂ってくるのに気付いた。
水をきり洗い物を終えた後、ゆっくりとその中心部まで足を運ぶ。

(――とうとう来てしまったんだ)

今日で全てが終わる。
自らの赤よりも欲を高ぶらせる甘い匂いを、あと一枚の襖を開けた所にソレがあると確信するまで十分に鼻を利かせ香りを楽しんだ。

そして襖に手をかけたその先には、赤褐色の血溜まりに片手をつく愛おしい人。

「カハッ、…ぁ……ち、づる…?」

強烈すぎるその匂いの原因が、まさに彼の口から零れ落ちる血だと気付いた時には彼に駆け寄り、己の口で総司さんのものを塞いでいた。

「―っは、……ん、むぅ、」

突然の事に目を見開く彼の口の中に残る甘い血を舐めとり、同じように赤い舌を絡めた。
どちらのものと分からぬ吐息が混じり合い、出口を失った血で苦しいのか総司さんの双眼が細められ潤いを帯びていく。
病巣が進んだ彼は私を押し返す力もなく、本能のままに血を求める私の肩を掴んだ。
そんな総司さんの表情と新鮮な血が彼のものだと思うと、興奮が止まらない。

「…総、司さん」
(労咳に貴方を奪われるくらいなら、いっそ私が)

角度を変え貪り続ける唇からまた甘い香りが増した。
もっと、もっとソレが欲しくて口づけを深めるけれど、掴まれていた力が急に強くなり総司さんは私との間に距離を作った。

「!ゴボッ――!!ッ、」

赤い噴水のような血が次々と溢れ出て、互いの着物と顔貌を紅く彩る。
私はその血筋に逆らうように総司さんの顎から口唇へと舌を沿わせた。

(あぁ勿体ない、総司さんの―)

「、千鶴……」

戦場とは似つかない、けれど殺伐とした雰囲気の中赤を纏う彼は微笑んだ。

「僕は…知ってたよ」

何を、と問う必要はなかった。
もう腕を上げる事さえ辛いのだろう、ゆっくりと震える指先が私の髪を持ち上げ彼の口許へと導いた。
まだ残る赤に映える白。
私はそこで自分がどんな姿をしているのかに気が付いた。

「だから千鶴の好きにしていい」

(死に曝された愛しい貴方を私の物にしたい、私の手で終わらせたい)

鬼と化している私を目の前にしても変わる事のない貴方。
彼は枕元に置いてある、今は飾りでしかなかった愛刀の一本、脇差を手に取り抜き身の状態で私に差し出した。
手入れのされている刀身はうっすらと主人の顔を映す。
私は血に濡れた手で握りそこないがないよう、唾を飲み込み慎重に柄を持った。

「総司さんを…独りにはしません、から」

一言、そう告げてその切っ先を心の臓目掛けて突き刺した。
ずぶりと容易に貫通するほど肉の抵抗は弱くて。
私にはそれが、この結末を受け入れた総司さんの優しさだと思った。

串刺しとなった部分から瞬く間に血が溢れ出し、貴方の鼓動が失われていくのが感じとれる。
貴方を見遣れば、苦しいはずなのに笑って最期を迎えていた。
先に舐めとった場所から、これが最後だと赤い筋が流れていく。

もう、あの甘い香りはしてこない。

刀を引き抜き、静かに総司さんの身体を寝かせた。

(ずるいです、総司さん…)

先に逝った事。
私を殺してくれなかった事。
願いを叶えさせてくれた事。
何より狂った女を受け入れてくれた事。

(だから私も―)

貴方を何物にも奪われないよう、貴方の命を私が奪った。
死体といえど貴方が他の人の目に触れないよう、家に火をつけた。

(私も、今逝きます)

そして私は、総司さんの血がついた刀で同じ心の臓を突き刺した。
赤と赤が臓物で交じり合う。
最期まで私達を引き離す物は何も、ない。














交わる赤を纏う鉄
(独りになる前に心中でもしませんか)

END.









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