千里眼を持つ愛しき貴方1





「…総司のヤツ遅ぇな」

新撰組幹部が一室に揃っての食事。
今は朝餉の時間だが出張中の近藤を除き、土方の言葉通り沖田の姿だけがそこには無かった。

「あーもう膳は揃ってんのによぉ」
「おっ、今日の当番は千鶴ちゃんか。汁物の匂いがたまんねぇ!」
「おい新八、まだ食べるなよ」

今にもお椀に手をつけそうな永倉は、隣に座って諌める原田に「わぁってるよ」と豪快に笑い返した。
夏の暑い日が続いているこの頃。
うんざりする気温を跳ね退けるように笑い合う人もいれば、暑さを感じていないように黙している人も様々。
今揃っている者達をあてるなら前者が原田・永倉・藤堂、後者が土方・斎藤だろう。

「私、沖田さんを呼んできますね」
「ああ、頼む」

千鶴は全員分の膳を運び終え、背中で結んでいた襷を解くと未だ現れない沖田の部屋へと向かおうと振り返った。
すると、障子に差し込んでいた朝日が人型に遮られ、今まさに障子を開けようとした千鶴の前に影が止まった。

「…あれ、千鶴ちゃん。何してるの」

影が障子を開けた空間にいたのは、なんとも気怠そうに立っている沖田だった。

「おはようございます、沖田さん。食事の支度が整ったので呼びに行こうとした所なんです」
「頼んだ覚えはないんだけど」
「…すみません、私が勝手にしようとした事ですから」

沖田の入室の妨げになっていた事に気付いた千鶴は、一歩半ほど下がり沖田が入ったのを確認してから障子を閉めた。

「ったく、遅いんだよ」
「先に食べてても良かったんですけどね」

ゆっくりと膳の前に座る沖田に対して、平助は手で口を隠し、隣にいる原田へ「総司のやつ、機嫌悪くね?」と耳打ちする。

平助くんの反対側に座る私にも聴こえるようじゃ、斎藤さんを挟んで隣に座る沖田さんにも聴こえてるんじゃ…。
そう思って斎藤越しに見る沖田は、幾分か顔色が悪いようにも見えた。

「まぁ総司も来たことだし、食べるとするか」

原田の言葉をかわきりにして、皆が一斉に食を進める。
斎藤も両手を合わせ「頂きます」と箸を持つが、沖田は何もせずにただ膳を見ている。
僅かに細くなった翡翠はただそこに食物があると情報伝達をするだけ。
永倉と平助がいつものようにオカズを奪いあっている間も、沖田は一切手をつけようともしなかった。

「どうしたァ、総司。食わねぇのか」

土方も沖田の様子がおかしいと思ったのか、箸を休め訝しげに眉をひそめた。

「…暑さのせいで食欲がなくてね、千鶴ちゃんの作ったご飯を前にしたら少しは食べれるかと思ったんだけど」
「沖田さん、あまり無理しないでください」
「そうだぞ総司」
「具合が悪かったら寝てろ」


小首を傾げて薄く笑う沖田さんは、今にも倒れてしまうんじゃないかと不安にさせられる。

「はいはい、今日は部屋で静かにしてますよ。ってことで新八さん、僕の分どうぞ」
「…総司、せめて一口くらい食え。そんなんじゃ身体が持たねぇ」
「新八の言う通りだ。食べたくなくとも、何も食わないよりよほど良い」

沖田は減っていない膳を差し出すも、永倉と斎藤の強い押しに渋々といった様子でみそ汁を一口二口、くちに含んだ。
いつの間にかここにいる全員が見守る中、沖田はまだ半分以上残っているお椀を置いた。
ことん、と音が大きく鳴ったように感じた。

「これ以上は、飲めないよ」
「よぉし頑張ったな!残りは俺が残さず食ってやるから安心しろ!」
「新八っぁん食い意地張り過ぎ!総司、まだ全っ然手ぇつけてねーじゃん」
「この膳はもう新八さんのだよ。あと少し早く言えば平助にもオカズあげたのに」
「ちっがーう!俺は総司にもっと食「食えないって言ってるやつに無理強いは良くないぞ、平助」
「う゛っ……」

鶴の一声ならぬ原田の一声で大人しくなった平助は「なんで俺が言いくるめられてんだよ」とボヤキながらお漬物をポリポリと食べ始めた。
…むすっとしている平助のお皿に、永倉がそっとお漬物を足したのはご愛嬌。

「じゃあ皆さんはごゆっくり」
「あっ、沖田さん!食べれるようになったら私に言ってください。何か用意しますので」
「…うん、千鶴ちゃんのご飯は食べたいし。その時はお願いするよ」
「任せてくださいっ!」

来た時と同様に、ゆっくりと自室へと引き上げていく沖田。
柔らかそうな栗毛色の髪が逆光に照らされキラキラと揺れ、くっきりと筋肉のついている身体の線が霞んで見えた。
まるで具象していた物が消える刹那のように、そう、空いてしまったのだ。

「手間かけさせて悪ぃな」
「いいえ、私がしたいと思った事ですから」
「千鶴!俺も手伝うぜ!」
「ありがとう平助くん」

一人少なくなった室内にポカリと空いた空間。
私にとってそれは、腕を怪我した山南さんが揃って食事をとらなかった時よりも虚無感が大きいもので。

沖田さんが居ない。

その事実がたとえ今の一時的なものであろうと、いつか訪れる未来に思えて仕方ない。
だから、せめて沖田さんの傍に居られる間は彼の鼓動を感じていたい。
…それが出来るのはいつまで?
父様が見つかって私が新撰組から離れるのが先か、それとも―――。
ううん、先の事なんて考えても見えてこない。
私は出来る限りの事を今、するんだ。





一人自室へと戻った沖田は、閉めたばかりの障子を背に立ち止まった。

鳥のさえずりや、布の擦れる音さえしない閑静なこの部屋は孤独に包まれている。
物もあまり置いてないせいか、更に先程まで人の気配が充満していたのに比べ寒気すら感じさせる。
たった一枚の障子が隔てる向こう側に仲間達はいると思うと、此処は座敷牢のようにも思える。
いや、思えていた。

誰もかも受け入れようとする懐の深い近藤、自身を顧みず叱咤する土方。
その他の面々が脳裏に浮かび上がる中、最近気付いたのはそこに一人増えた事。
人斬り集団と言われる新撰組に入り込み、僕らに対し怖がりはすれど怯えはしない。
いつの間にか幹部全員から信頼される程の存在になった、あの子。

彼女が此処に訪れるようになって、彼女が煎れてくれたお茶と僕が用意したお茶請けを話の共にすると座敷牢は茶室へと変化した。
きっと今日も茶室、というか幹部の溜まり場になるんだろうなとそんな予感がしていた。

あぁ、あついな。
どうしてこんなに暑苦しいんだろう。
夏の暑さも、人のあつさも。
少なくとも後者は嫌いじゃないけど。
誰よりもあつく、お世話好きなあの人に引き寄せられて集った仲間達だから僕も受け入れられる。

今日は宣言した通り大人しくしていよう、沖田は掛け布団の上に倒れ込むようにして身体をなげだした。





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