所有物の赤き傷跡 2





「ん…っ」

妙に息苦しい。
意識が朦朧としているなか、いつもの発作とは違い口の中から酸素を奪われるような息苦しさ。
何かが口を塞いでいて、息も上手く吸えない。

「―ハァ……ぅ、ん…」

かと思えば、少し冷たい空気が流れて肺へと運ばれたり。

「――…がない…に――感じて……」
「…色っぽい…、――ぜ」

誰かの声がうっすらと聞こえてくるけど、全身が怠くて目を開けるのも面倒。

「おい、そろそろ起こせ」
「総司くーん。おっきしましょうねー」
「……っう」

突如、バシンと頬に衝撃が走る。
その痛みと振動のおかげで、ようやく暗闇から抜け出し目を開ける。
一番最初に見えたのは僕を叩いたであろうニヤリと口角を上げた若い男の顔。

「目覚めたか」

続いて今日初めて会った首謀者の浪士。
そうか、僕は捕らえられたのか。一気に意識が覚醒し、立ったまま頭上で両手を縛られている事を確認する。

「…此処は何処って聞いても教えてくれないんでしょ」
「知ってどうする。もはや貴様は此処からは出られまい」
「土方との交渉までは生かしてやるがな、その後の事はお前次第だ」

五人、いや六人か。
僕を背後から襲った奴も含めて目の前に立っている。

「我々の犬になるとでも言うのなら、殺さずに飼い続けてやってもよい」
「僕が大人しく犬に成り下がるとでも思ったら大間違いだよ」
「そうでしょう。だから時間をかけてその気にさせてやるよ」
「何を馬鹿な、ぅン―!」

何を馬鹿な事を、と思っていると先程から僕を舐めるような目で見てくる気持ち悪い男、僕の名を気安く呼んだ奴が近付いてきて身動きのとれない僕の唇を貪った。

「っや、…ぁ――!、ン…はっ」

驚きのあまり目を見開き、クチュクチュといやらしい水音をたてながら咥内を蹂躙してくる男の顔が一面に広がった。
その気持ち悪さに男の舌を噛み切ってしまいたくとも、下顎を掴まれ強制的に口を開かされ男からの接吻を受容する事しかできない。
侵入してくる舌から逃げても歯肉をなぞられ、唇を甘噛みされたかと思えば舌を絡め取られ、ズクンと全身に快感が走る。

「ん、ふぅ………や、ぁ…」

与えられる淫口に目が霞んでくる。
時々洩れてしまう甘い声に、男は更に愛撫を深め首筋まで舐めあげた。

「先程までの威勢の良さはどうしたのかな?」
「っ、男に走る、なんて、随分と悪趣味だね」
「その悪趣味な男に触れられて感じる総司くんも悪趣味…いや、淫乱だろう」

耳元で囁く低音が、荒く忙しい吐息が、着物の中に忍び込む手が気持ち悪い。
鎖骨を指先でなぞられゾクゾクとなにかが身体の中を走る感触に身を震わせていると、下の突起に触れる寸前で親玉から歯止めを告げられた。

「おい、もうすぐ指定した時刻だ。」
「もう?…仕方ない、土方の首を取りに行きますか」

男は僕から離れ、浪士達と揃って部屋から出て行く。
触れられた箇所が気持ち悪い。
口の中に残った男の唾液を取り除きたくて唾を吐いた。

「あぁ、忘れ物」

すると、出て行ったはずの男が一人引き戻ってきた。
何かと思えば僕の髪を後ろへと引っ張り、喉をさらけ出すように天井を見上げさせられた。

「くっ……ぃ、痛っ!」
「犬には首輪がいるだろう?その代わりだよ」
「…ほんっと、悪趣味…。この先生き延びても…あんた、死ぬよ」
「狂暴な飼い犬には躾をするから平気さ」

無防備な喉を噛まれ、薄皮から出血した血を舐められた。
その跡を首輪だと称し、尚且つ、僕を飼うなんて阿呆な妄想に取り付かれた男は笑いながら今度こそ出て行った。

縄に縛られたまま、見張りも残さず放置された僕は預言者の如く、彼らの近来を言い当てる。

「生き延びるなんて、有り得ない」

これから彼らは鬼を見るだろうから。
冷酷な鬼は一人残さず血の海に沈めるだろう。
もしも、万が一、あの男が鬼から逃げられたとしても――僕の血が何処までも追い掛け、徐々に死へと誘うだろう。

「馬鹿な奴」

逃げられない死が在るとも知らず。











土方は一人、ある場所に向かっていた。

月明かりに揺れる漆黒の髪。
普段から鋭い目つきは、更に鋭さを増して紫電の瞳が覗いている。
その瞳が見据える先は、一ツ木の梅の下。
既に数人の浪士たちが土方を待ち構えていた。

「愚かにも一人で来るとはな…」
「条件は守った。総司は返して貰おう」
「そうするつもりだったのだがな…。沖田は我らが貰い受ける」
「なに?」
「思ってた通り、総司くんがイイ反応をしてくれてね。飼う事にしたんだ」
「………。」
「彼は美しい、芸者のように肌も滑らか。血も美味しかった。…きっと彼はイイ声で鳴いてくれるだろう」

一人恍惚に喋る男、コイツの口から総司の事を聞くのは血が煮えたぎるようで耐え難い。
胸糞悪ィ、今すぐその口を閉ざしてやる。
携えていた刀を抜き、一直線に斬りかかる。

「―がぁぁぁあぁ!」
「おのれっ!」
「邪魔すんじゃねぇ!!」

わざと男の急所を外し、迫ってきた浪士の攻撃を受け止め力技で押し返した。
ズサリと踏み止まった浪士が懐から笛を取り出し、辺りに響かせるよう吹いた。

「仲間を呼んだか」
「、鬼の副長と言えども我らの包囲網から抜け出せるかな。…出て来い!」

すると草むらや木の陰に潜んでいた数人が遠くからゆっくり近付いて来る。
足元に頃がって呻いている男を土方が踏みにじると、断末魔に近い叫び声を発した。

「うるせぇ、急所は外してやっただろうが」
「ひっ―――な、何をやっている!早く来んかっ」

「早くってもな、あんたのお仲間さんは全員死んだぜ?」
「そうそう。残るはあんたら二人だけ」
「…総司は何処にいる」

暗闇から現れたのは浪士たちではなく、原田、藤堂、斎藤の三人。
手に持っているそれぞれの獲物はすでに幾多の血を吸っており、光沢をうっすらと鈍らせていた。

「選ばせてやる。素直に吐いて死ぬか、吐かずに死ぬか」
「―!お、沖田ならこの先の、小屋にいるっ。だから、命だけは勘弁をっ…」
「…そうか。お前達は総司を連れて屯所まで戻ってきてくれ」
「副長は?」
「俺は、コイツらを始末した後、先に戻ってる」

「…分かった。平助、斎藤、行くぞ」
「おう」

三人が総司の元へ向かったのを確認すると、男から足を離し、地を這って逃げようとする浪士の掌に刀を突き刺す。

「ぐああぁぁぁ!!!」
「お前ら、楽に死ねると思うな。」
「ぎゃあ!オ、鬼――――」

















「――総司!」
「…左之さん、平助、一くん…」
あれからどれくらい時間が経ったのだろう。
手先の感覚がなくなるくらいまで吊されて、また意識を失っていた。
次に気付いた時には三人が駆け付けてくれたんだとホッとした。

「今、縄を斬ってやるから動くなよ」

天井から延びた縄を左之さんが切り、崩れる僕の身体をしっかりと支えてくれた。
そして、僕の両腕を縛っていた縄は平助が解いてくれた。

「どこか他に怪我はないか?」
「ん、と後は頭を打ったくらいかな」
「何!?どこだっ」
「痛っ、平助、優しくしてよ」
「わ、わりぃ」

首に張り付いた血の後を拭ってくれた一くん。
丁度負傷した場所に触れてしまって焦る平助がなんとなく可笑しくて、つい笑ってしまった。
皆のおかけで、さっきまで気持ち悪かった気分が一蹴されて明るい気持ちになれた。
けれど、もう一人足りない。

「そういえば、土方さんは?」
「副長は先に戻るとおっしゃっていた」
「ふーん」
「そう拗ねるなって。あの人は頭に昇った血を下げようとしてんだから」
「久しぶりに見た気がするぜ、あんな土方さん」

凄かったんだぜー、と身振り手振りで表現されても僕は実際に見てないから、そう、としか言いようがない。
敵を倒すためにはどんな手段も使う勇ましい姿、背中に揺れる黒髪がとても好きなのに、僕だけが見られなかったのは悔しい。
…土方さんのくせに。

「総司、帰ったら髪を整えてやる」
「え、髪?」
「気付いてなかったのか?後ろ髪が一部切られている」
「あー、自分じゃ見えない位置だもんな」

一くんに指摘されて触ってみると、自分の髪が短くなっている事に初めて気がついた。
それに、今朝束ねた髪もいつの間にか解かれていた。

「じゃあお願いしようかな」
「ああ」
「さて、俺たちも帰るとするか」
「うん、わ、わっ!左之さん降ろしてっ」
「ヘロヘロのくせに何言ってんだ。恥ずかしいなら気絶してるフリでもしてろ」
「でも、だからって、コレはないでしょ」

後ろから支えてくれてた左之さんは、急に僕の膝裏と腋下に手を回し、そのまま持ち上げた。
俗に言う、お姫さまだっこ。

「降ろしてってばぁ」

「…筋力さえあれば俺でも可能だろうか」
「俺たちは厳しいかもな…身長的に」

こうして屯所に戻った僕らは、運良く隊士たちの誰にも見つからず部屋まで辿り着けたのだった。














「……ちっ苛々する」

屯所に戻って来てから書簡に向き合っても総司の事が頭から離れず集中も出来ない。
何度目かの文の書き直しに、グシャグシャにされた紙が土方の机の周りに散らばっている。

「酷いじゃないですか、土方さん」
「なっ……総司!」
「僕のこと放っておいて、お仕事ですか」
「…入っていいと言った覚えはねぇが」
「そんなの僕の知った事じゃない」

ズカズカと踏み込んで来た総司に目を向けば、書き直したばかりの文がビリリと破り捨てられた。

「何しやがるっ」

二つに裂かれた文よりも、総司の首と両手首に巻かれた白い包帯と、不自然に短くなった髪が目にとまった。
嫌でもそれが、浪士達によって傷付けられた傷なのだとわかる。

「――首輪、なんですって」

燻っていた愛憎の炎を煽るように、総司は首に巻かれた包帯を解き赤くなっている箇所を指で這い俺に見せつけた。

「狂暴な犬は躾なきゃ飼い主に襲いかかりますからね。僕は飼われるのも躾られるのもゴメンですけど、飼い主くらいは選びますから」
「はっ、テメェみたいな狂犬を飼おうとする奴の気がしれねぇな」
「ほんと、最近は遊んでもくれないんですよね。一体どういうつもりなのか」

誘うように挑発してくる総司に、酷く傷付けたいという俺の加虐心が膨れ上がる。

「尻尾振って甘えてくりゃ、いつでも構ってやる。だがその前に、手綱が外れた犬には首輪を付け直さねぇとな」

もとは色素の薄い喉元に口を寄せる瞬間、見えたのはにやりと笑う総司。
当然の事と素直に受け入れる姿勢に、俺は思いきり歯を立てた。





――所有物の赤き傷跡――
(噛み切ってやりたいほどの愛しい存在)

END.





*****

キリ番3,000 乃木坂 瑛菜様に捧げます。




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