想いの先にあるモノ 7





side.千鶴



「今日からよろしくね、マネージャー」
「…はい?」

いったいどうしてこんな話になったのか。
目の前には見知らぬ男子生徒に突き出される簡略的なフォームの入部届。
よくよく見ればその紙には学年、組、出席番号、名前が書けるように出来た空欄。
そしてその下に印刷されている"私は上記の部活を見学し、入部する意思を表明します"の文字。
私は状況が掴めなくて、その紙とそれを持つ生徒を見比べた。



私が一人廊下を歩いていたほんの少し前、二人の男子生徒に声をかけられあれよあれよと連れて行かれたのは日光を遮るものが何もないグラウンド上。
近くには野球部や陸上部が使用する専用のものもあり、こんな設備もあるんだと感心している内は良かったが、いつの間にか話は進みマネージャーとして入部するところまできていた状態から私は脱出出来ないでいた。

入部届を手に持ちながらニコニコと笑う男子は学園ロゴ入りの青いTシャツと短パンを着ており(周りの男子も同じ格好をしている事からユニフォームだと思う)、そこから覗く肌は見た目が黒く(おそらく日に焼けたんだろう)、いかにも体育会系ですといった姿だった。
それもそうだろう。
男子の脇に重ね置いてあるのはカゴに入れられた何処に跳ねるか分からないボール達。
極めつけは、入部届にも印刷されている"ラグビー部"。

そう、まさに私はラグビー部の勧誘を受けていたのだった。



「あのぅ、すみませんが、私ラグビー部に入る予定は…」
「あ、今日からはやっぱり厳しいかな。大丈夫、届出さえ出してくれれば明日からでもいいしさ。先輩マネージャーとも早々に顔合わせしたいでしょ?」
「いえ、だから入部するなんて一言も」
「野郎ばっかでむさ苦しいだろうけど皆いい奴だから」

――お願いですから人の話を聞いてください。
私の言葉を遮り話続ける相手に思わず溜息が出た。
新入生に設けられた部活動見学期間の一日目、あと二日もあるとついて来たはいいものの早速難関にぶち当たったようだ。

「今日時間がないならさ、ササッと入部届だけ書いちゃおうっか」
「!ま、待ってくださいっ」

有無を言わさず入部届と鉛筆を握らせる勢いに後ずさりながら勧誘の魔の手から耐える。
校内に戻ろうとしても他のラグビー部員が行く道を遮断している。
ジリジリ後退しつつ、どうにか逃れようと試行錯誤をしていると、ラグビー部員の後ろから新たな人物が近付いてくる事に気が付いた。
あ、あれは――!

「千鶴ちゃん発見。ずっと探していたのにこんな所にいるなんて思わなかったよ」
「見たところあんたは入部を迫られてるいるようだが、ラグビー部に入るのか?」
「!!?」
「沖田さん!?齋藤さん!?」

どうしてこんな所にいるのか、意外な人物から救いの声が上がった。
絶えず笑顔を貼り付けている沖田さんと無表情に近い様子の齋藤さん。
一見対極する二人だが、共に居ることで互いを引き立て互いの存在感をかなり強調している。

その双方の目は私を見ているようで、実際は私に近くまで迫っていたラグビー部員の動きを牽制していた。

「まだ決め兼ねているのなら他の部活動も回って見るといい」
「ほら、行こう千鶴ちゃん。剣道部にも見学に来てくれるって約束してたよね?」
「は、はいそうですね!わざわざ迎えに来てくれてありがとうございます」

昨日の今日で沖田さんらとはそんな約束をしていなかったが、せっかく出してくれた助け舟に乗らない手はなかった。
そして私が踵を返したところで牽制を解いたのか、息をつまらせていたラグビー部員が慌てて声をあげた。

「ちょっ、マネージャーの話は!?」
「せっかくのお誘いですが、ラグビー部に入部する気はありませんので。失礼します」
「じゃあ行こうっか」
「はい」

名も知れぬラグビー部員に別れの挨拶をした後、促されたように沖田さんと齋藤さんの二人に挟まれグラウンドを後にする。

「気が変わったらいつでも来てくれていいからねー!!!」

背後から聞こえてくる諦めない台詞に申し訳なさが込み上げてくるが、いくら頼まれたからといって私の意思が変わる事はないだろう。

「先輩、あの子は諦めましょう」
「何言ってんだよ、お前だってマネージャーは可愛い子がいいだろ」
「そりゃそうっスけど…今の二人、あの"沖田"と"齋藤"っスよ」
「は!?あの噂の!?マジかよ…」
「だからアイツらが目をつけてる子なんて無理なんですって――」

噂?
聞こえてきた会話に思わず耳を寄せた。
どうやら沖田さん達の事を言っているらしいが、その中身はイマイチ分からなくて。
変わりない表情で隣を歩く二人を見やうけど、動揺した様子もなくただ前を見ていた。
時折砂埃が舞う中で目を細めてはいるが、それ以上の変化はない。
これは本人に聞いてもいいのだろうか、もしかしたら嫌な気分にさせてしまう類のものかもしれないし。
そんな事を頭の中でグルグルと考えていると、頭上から可笑しそうな声が降ってきた。

「気になるの?僕達のウワサ話」
「聞いてもいいんですか?」
「駄目って事はないよ。だけど、本人の口から聞くよりは尾ひれがついた方が面白いんじゃない?」

子供の悪戯のように含み笑いをする沖田だが、自ら話すつもりはないとばかりに話の切り込み口を閉じた。
それからというもの、沖田さんも斎藤さんもその話題を避けるかのように見事にはぐらかし、私がその噂話を知ったのはもう少し後の事だった。


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