所有物の赤き傷跡1






今日は久しぶりに体調が良かった。
快晴というように雲もなく、心地好い風も出ていたから、久しぶりに馴染みの団子屋に来て草餅を食べていたのに。

こんな事になるんなら、屯所で大人しく寝てれば良かったかな。






それは、団子屋で出された渋めのお茶を飲んで、餅を手にした時だった。

「新撰組の沖田だな。ツラ、かして貰おうか」

声に反応し、面倒だけど顔を上げた。
如何にも、僕たち新撰組が取り締まらなきゃいけない恐持ての男達を見識し、これから食べるはずだった餡たっぷりの草餅を諦めた。

(相手は五人か、今の僕でも殺れないことはない)

僕は溜息をつき、今にも刀を向けそうな重圧に団子屋の夫婦は震え上がり身を寄せあっている。

「てめぇ聞こえてんだろ!」
「はいはい。…オヤッサン、勘定は置いてくよ」
「…ついて来い」

銭袋から数枚の録をとりだし、食べ残した草餅とともに皿を置いた。
そして、首謀者らしき人物について行く僕を、他の男達が囲むようにして歩き出した。




暫くすると人通りが少なくなっていく。

「ここら辺でいいか」

とある裏小路に入ってすぐに、男は歩みを停めた。
それに伴い、ぞろぞろと囲んでいた男達は首謀者の後方に控えた。

「僕に用があるんなら手短にしてほしいんだけど」

道幅が狭く、下手に刀を振り回せない場所に引き込み、僕を囲うでもなく後ろに逃げ道を提供するように立つ意図が分からない。
この小路の先が行き止まりであれば、逃がさないようにと立ち位置は逆であろうが。
ニヤニヤと気持ち悪く笑う男が鼻に障る。

「なに、簡単な事だ。鬼の副長と呼ばれる土方歳三を誘い出してくれればいい」
「…へぇ、敢えて土方さんを狙うとはね」

ここで近藤さんを指定するなら即刻刀の錆にした所、いつでも抜刀できるよう構えるだけ。

「今の新撰組を動かしているのは土方による部分が大きいからな」
「土方さえ居なくなれば新撰組なぞどうとでも出来る」

暗に近藤さんが無能とでも言われ、今言った男を睨みつけた。

「だからお兄さん方に協力してくれないかな、総司くん?」
「気安く呼ばないでくれる。それに、僕が手を貸すと思ってるの」
「…否。では予定通り動くとしよう」
「とっとと終わらせ――!?ガハッ…!!」

鞘に手を掛けた瞬間、背後から砂を踏む音が聞こえると同時に壁へと叩きつけられた。
反射的に防御することも叶わず右側頭と胸部全体を強打し、身を潜めていた発作が出始める。

「ゲホっ…ゴホッ…!」
「君には餌となってもらう」

もう一人居たのかと、そのまま身体を押さえつけられた状態で男達を睨むしか術はなく、息苦しさに気が遠くなってゆく。

「いいね、その苦悶してる顔」
「連れて行け」

直後、首に感じた衝撃もあり、首謀者の言葉を最後に僕は気を失った。













「ひ、土方さん!大変だ!」

ドタドタと縁側を走る平助の声に、筆を持っていた手が止まる。

「どうした。何かあったのか」

今日も書簡が溜まる一方だと頭の隅で考え、面倒事を運んできたであろう肩で息をしている平助に向き直る。

「これっ読んでみてくれよ!」
「一体なんだってんだ」
「いいからっ」

差し出されたのは何かが包まれているように膨らんだ文。

「………平助、コイツは誰から預かった」
「預かったんじゃなく屯所の前に落ちてたのを拾ったんだって!…恐らく俺以外は見てねぇと思う」
「そうか…。山崎と島田を呼んで来てくれ」
「お、おぅ!」

急いで駆けて行く平助に悪いと投げ掛け、机に文を置いた。

何やってるんだ、あの馬鹿。

平助が持ってきた文には、"沖田を返して欲しくば、指定する時刻に土方一人で来い"との文字と、証拠付けるかのように白い布で纏められた茶色い一房の髪が包まれていた。

アイツ、今日は確か甘味を食べに行くとか言ってなかったか。
最近は大人しく寝ていたくせに、厄介な事に首突っ込んだに違ぇねぇ。
ったく、いくつになっても手間かけさせやがる…。




「副長、失礼致します。山崎と島田、両名参りました」
「おう、入れ」

部屋に入ってきたのは平助も含めて三人。

「急に呼びたてて悪いな。至急調べて貰いたい事が「――土方さん、原田だ。すまねぇが、今少しだけいいか」」

被さるように聞こえた原田の声。
どことなく緊張が張った声色だったため、一旦監察方への依頼に待ったをかけた。
入室を促すと、羽織りも脱がず慌てた様子の原田が近付いてきた。

「土方さん、総司のヤツを見掛けてねぇか」
「!…いや。原田、アイツに何があったのか知ってるのか」
「俺も詳しくは…。団子屋の亭主に、総司が不逞浪士に絡まれたって聞いたくらいだ」
「副長、俺達を呼んだ理由ってのはもしや――」
「…ああ、総司の事だ。平助がコイツを屯所前で拾ってな」
「こいつは…沖田さんの!?」

机に置いてたものを三人に見せた。
誰の目にも分かるアイツの髪の毛が、はさりと風圧に乗って広がる。
次いで、少ない情報の一つである文を見せながら副長として命令を出す。

「今の所、コイツと団子屋の亭主しか情報源がねぇ。山崎と島田は総司の行方を探ってくれ」
「はい」
「了解しました」
「原田。お前は巡察中の斎藤と協力のもと市中の見回りを」
「わかった」
「平助は念のため屯所に異常がないか確認を頼む」
「任せとけっての」
「いいか。この事は他の奴らには他言無用だ。心して取り掛かれ」
「「おう(はっ)」」

各々に指示を飛ばし、命を果たすべく出て行った原田達を土方は見送った。

「…テメェも勝手にふらふらしてんじゃねぇよ、馬鹿…」

残った土方は、まだ顔も分からない不逞浪士に捕まった沖田に苛立ちを感じていた。

俺の代わりに総司が捕らえられたとしても、髪を触られるほどの接近を許した事がとても腹立たしい。
無骨な汚い手でアイツに触れたのかと思うと、今すぐその手をぶっ刺して使い物にならないくらいグチャグチャに引き裂いて――

「フッ、人のモンに手を出したらどうなるか、たっぷり教えてやんよ」

今の土方がどんな表情をしているのか。
主から切り離された茶色だけが、新撰組の副長たる鬼を見つめていた。








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