想いの先にあるモノ 5






緊張で脈がドクドクと先走る中、遂に斎藤さんは神妙な表情で次の言葉を紡いだ。

「…総司だけは、記憶がないんだ」

重苦しく吐き出された台詞は鉛のように堅く、私の身体に衝撃をはしらせた。

あまりのショックに声も出ない。
――…誰かウソだと言って。
ただそれだけが頭の中を駆け巡っている。

周りの風景もどこか遠くに感じる中、でもよぉと平助くんは言った。

「さっき会った時、俺の事は覚えてなくても…心が――つうか魂が覚えてるっつー感じがしたぜ。」

首をひねり微かな矛盾を主張する。
すると斎藤さんは静かに目を閉じた。うららかな陽光が顔に影を映す。

「俺と初めて会った時、総司は何も覚えていなかった。」

そして鮮明に焼き付いた出来事を、ポツリポツリと零していった。

「総司に記憶がなくとも、俺にはすぐアイツだと分かった。だから昔話のように少しずつ俺達の事を話していけば思い出すかもしれないと、淡い期待と望みを持って話した時もあった――





『あーぁ宿題忘れたからって、土方先生があんなに怒るとはね…。僕だけ目の敵にしてると思わない?』
『一人だけ教科書も忘れていたなら文句は言えん』
『でもちょっと厳しすぎるよ』
『あの人が厳しいのは昔からだ。それに総司は怒らせる事に関して長けていたしな。』
『…ふふ、何それ。特に僕に対しては怒り癖がついてるってこと?』
『さぁな。怒られたくなければ忘れ物をしなければいいだけだ』
『それは出来ない相談だね』





『あ、一君。昨日ね、夢にも見たよ。僕が土方先生を怒らせてるとこ』
『一体なにをしたんだ』
『夢の中では豊玉発句集をくすねちゃって、鬼の形相をしてる土方先生に追っかけられて。』
『捕まっても近藤さんに助けられるんだろう?』
『…正解。…ね、今度先生の机でも漁ってみようか。何か書き溜めてるかも。それとも、鬼の副長の資料でも調べて先生の前で朗読するとか』
『どっちもやめておけ。』





――何かがキッカケで思い出すにしても、総司にとってはあくまでも、夢だった。
"俺達"の話をする時、いつも総司は無理に笑っていた。
いつも気取られないよう話を合わせていた。
それに気付いた時から、俺は"俺達"の話を避けた。
記憶がなくとも"総司"が総司として、今の人生を謳歌しているのならそれで良いのだと」

必然にも今日、平助に会ってまた総司は何かを見るかもしれないな。と言う斎藤さん。

ふと制服姿の斎藤さんが、私には昔の斎藤さんに見えた。
いつも沖田さんの隣にいて、命の取り合いでも互いの背を預けられる信頼関係。
それが羨ましくて、いつもそんな二人を見ていた。
そして今も、沖田さんを一番近くで見てるんだと思った…――









「――…鶴、千鶴って、おいっ」
「…え、な、なに?」

平助くんの呼びかけで気付けば、いつの間にか教室に戻っていた。
そこには勿論斎藤さんの姿はなく、がやがやと賑わうクラスメイト達。

「ショックだったのは俺も同じだけどさ、あんま落ち込むなよ」
「うん…。」
「…俺達は、さ。総司とは最後までいられなかったけど、千鶴はアイツの事最期まで見ててくれたんだろ」

最期――…兄の手により血まみれになった沖田さん。
消えゆく体温、掠れる声、強い意思を表していた翡翠が輝きを失っていく。
自らの灯火が消える直前、私に許しを請うた。
そして、ともに生きたいと願い合った祈りは天に届かなかった。
悲しき終焉。
斎藤さんも、平助くんも知らない、私達の真実。

「ちょっと悔しいんだ。総司が選んだのは俺達じゃなく千鶴だったの」
「……」
「だから、さ。きっと総司は待ってるんだと思う。千鶴のこと」

その言葉に、ハッと顔を上げる。
平助くんは笑っていた。

「私…」

平助くんだって辛いはずなのに、それでも私を励ましてくれる。
その屈託のない笑顔に、何度も勇気を貰った。

「私…、会いたい」

私の事は分からなくてもいい…、沖田さん、貴方に会いたい。






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