ある朝の出来事







泣かないで。

君の泣き顔は切なくて、僕をとても悲しくさせるから。


『…ごめん。でも、ありがとう。…それと、ごめん』
『僕は君が好きだよ』


これは、僕…?
なんで僕が向こう側にいるの?


『…血が、欲しいの?』
『君が望むなら僕は拒まない…』


君は、誰?
僕は誰を抱いているの?


『君と…、離れなたく、…ない』
『僕を、許して…』





「ぅわああぁ――!」

息苦しくなって、ガバリと布団から起き上がる。
瞬間、夢を見ていたのだと理解した。
反射的に起きたせいか、やけに拍動が速く、強く脈打っている。

汗をかいたのか、額に髪の毛が張り付いていて気持ち悪い。
今の季節、梅雨明けだからジメジメしてるから夢見が良くなかっただけ。
そう思いながら袖で汗を拭う。

身支度もしないまま、両手を後ろ側に置き上肢を支えていた時、トトトと軽い足取りで近付いてくる影が見えた。

「沖田さん、失礼します。起きていらっしゃいますか?」

案の定、影を見守っていると僕の部屋の前で進行を止めて、千鶴ちゃんがこちらの様子を伺ってくる。
朝食の時間になっても姿を現さなかった僕を呼びに来たのだろう。
クスリと笑っていると、また襖の外から千鶴ちゃんの声が聞こえる。

「沖田さん?開けますよ?」

返事をしなかったため、僕がまだ寝ていると思ったのか静かに襖を開ける千鶴ちゃん。
スーッと開けるとバッチリ僕と目が合う。

「千鶴ちゃん、おはよ」

起きていた僕にびっくりしたのか、千鶴ちゃんは襖を開けている途中で固まってしまう。

「お、おはようご、ざいます」

勝手に開けた事を悪いと思っているのか、千鶴ちゃんの顔がほんのり赤くなっていく。
なんでだろうと思って首を傾げると、ますます赤く色付く千鶴ちゃんは慌てふためく。
途端目線を外し、恥ずかしそうに顔を隠してしまう。

「どうかしたのかな、千鶴ちゃん」

そんな彼女の行動が可笑しくて、笑ってしまう。

「な、なんでも、ありません」

僕は自分の格好を見直す。
さっき額を拭ったけれど気温の高さで、じわりと汗がまた浮かんでいた。
寝相は悪くないはずだから、寝癖はついていないだろう。
反物もそこまで着乱れてはいないはずだ。
足元は布団に隠れたままだったし、胸元は日中も開けているから今の開き具合が少しだけ大きくたって、首から汗の一粒ほど流れていようが気にならないはずだ…。

「ひょっとして、僕を見て変な事想像しちゃった?」
「い、いえっ、その…」

やっぱり千鶴ちゃんの反応が面白くて、つい虐めてしまう。

「朝食の時間だったので、呼びに、来たんです」
「そっか、ありがと。」
「いえ」
「…ねぇ、千鶴ちゃん」
「は、はいっ」

僕の言葉に、真面目に反応する姿に期待してしまう。

「着替えたいんだけどさ、まだ此処に居るって事は…見たいの?僕の―」
「し、失礼しましたっ」

もうこれ以上赤くならないんじゃないかってくらい真っ赤な顔して、途端に襖を閉めてパタパタと広間へ戻っていく。
最後まで言わせてくれてもいいじゃない、と呟いてみたけれど彼女には届くはずもなく。

そして僕は身支度を始める。

夢の内容なんてすぐに忘れてしまったけれど。
彼女が頓所に来てから数ヶ月。
彼女の反応を見て楽しむのが癖になりそうだ。










ある朝の出来事

(朝の掠れた声や仕種とか、沖田さんて色っぽいんだもの!)

END.






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