想いの先にあるモノ 1





薄桜学園 4月


通学路の両側面に、一定の幅で埋められた木々が待ちに待った季節を慶び、花を咲かせている。
肩に指定鞄を引っ掛けて歩く僕は、ワイシャツの第一ボタンをかけぬまま己の髪が揺れるよりも、そよ風と一緒にふわり ふわりと、花びらが舞い落ちている風景に目をとられていた。

「―――桜、」

今日から薄桜学園の二年生となる僕にとって、一年間歩き慣れた通学路が、いつもと違う賑やかな雰囲気を醸し出していた事に気付く。
目の前を舞う花びらを掴もうと、気怠かった身体を休める代わりに、少しだけ腕を動かして掌を空にみせる。

しかし風に身を委ねる花びらは気まぐれで、なかなか掌に舞い降りてはくれない。
それでも僕は、無理矢理にでも花びらを掴まえ潰してしまうような真似はしなかった。
いや、出来なかった。
昔から持ち続けている胸の奥に燻る不明瞭な想いを――懐かしくて楽しいような、切ないような想いを――自ら握り潰してしまう気がしてならなかったから。

だって、これは、あの子との――

「―総司!」

「あ、一君。おはよう」

立ち止まっていた僕に後ろから声を掛けたのは、同学年の斎藤一君。
風紀委員だった彼とはこの学園に来てからの縁で、一緒に行動する事が多かった。
何しろ同じクラスだったし、同じ剣道部、住んでいる家もたまたま近かったという事。
――そして僕らの前世が、沖田総司と斎藤一が共に幕末時代を生きた新撰組以前からの仲間、だったという事、らしい。

「遅刻魔のお前としては、早いな」
「今日って入学式でしょ?こんな日に遅れたら格好悪いじゃない」
「あんたはそんな事を気にするたまではないだろう。終業式には遅れてきたはずだが」
「だって、式だけのために登校するなんてかったるいじゃない。朝の睡眠を貪っていた方が断然有意義だよね」

僕の横に一君が並んで、朝の挨拶を済ませてから、僕はまた桜が舞う中を歩き始める。
結局花びらは掌に舞い降りてくれなかったけれど、遅れた様子もなく隣を歩く一君を見て少しだけ満足。

「まぁ本当のところ、暑苦しくてよく眠れなかったんだよね、今日は」

一君とはどこか以心伝心している部分があるようで。
現に今だって。
朝に一君と会うくらい早く登校したのは入学式だからって訳じゃない。
見え透いた嘘を付いたけれど、ちゃんと分かってくれている。

だから僕は一君に甘いのだろうか。
さっき見た一君の眉間に寄っていた小シワが気になって、あまりシワを寄せてるとどっかの誰かサンみたくシワが戻らなくなっちゃうから。つい正直に答えてしまう。

「昨日はそれほど暑かったか?」
「うん。ほら見て、ここの桜なんてもう五分咲きだよ。」

暖かいと早く咲いて、その分だけ早く散っちゃうよね。
一君は僕が指差しをした方向に、顔を向け桜を眺めた。
相変わらず花びらは舞って、地面に薄紅色を彩っていく。

ふと、先程桜を見て感じた想いは何だったのか考える。
何故こんなにも切なくなるのだろうか。

僕自身、桜に関して大した思い出もないから、恐らく前世の僕の記憶なんだろう。
一君は前世の事を鮮明に覚えているようだけど、僕は全てを覚えているわけじゃない。
大半を覚えていなくて、前世の話では上手く噛み合わない事が多い。
時々一君や土方さんが妙な顔をするけれど、その理由はきっと僕にあるんだろう。

――そうだ、一君ならあの子の事を知っているかな。


ッ……コホッコホ

「総司?どうした、風邪か?」
「…かもね。季節の変わり目だし、」
ここ最近続いてるんだ。
そう言うと一君はまた妙な顔をする。

「…そういえば今年のクラス分けはどうなってるんだろうね。」
「行けば分かる」
「そうなんだけど。一君は、僕と一緒のクラスになりたい?」
「俺がどうこう言って変わる訳でもないが…、別だとしたらつまらなくなるな」
「うん、僕もまた一君と一緒のクラスが良いなぁ」

出来るだけ変な気を使わせないように、会話を選んびながら歩いていると校門が見えてきた。
いつも閑散としている玄関前には人だかりが出来ていて、きっと、新しいクラスの掲示がされてるんだろう。
高々に喜んでいる女子の声が聞こえてくる。
その傍には自分の名前を確認するだけで静かに校内へ入っていく生徒もいた。
おそらく新入生だろう。
初めてのクラスメイトの名前に、誰がどうとか思うはずもない。

僕も一君も、人が多い場所は好ましくないから避けて通りたいけれど、どのクラスに行けばいいのか分からないため仕方なく人だかりの中へ入り込んで行く。
女子の香水が混じり合って、不快な香り。
また咳が出そうになる。

「僕らの名前、あった?」
「いや、まだ見えん」

前列までは辿り着けていないけれど、僕は十分見える位置まで来ていた。
前に並んでいたのが女子だったため目線が遮られず、視力もそこそこ良い方だったから後は探すだけ。
一方、一君も視力は悪くないはずだけど、身長が足りなかったみたい。

「ん〜…っと、あ、発見。」

僕は早くこの人だかりから出たくて、一君の名前もあったよって合図を出すと通じたのか、二人して玄関先まで移動をし始める。

コホッ

香水から解放されて新鮮な空気を吸えたけど、少しむせちゃったみたい。

「俺達のクラスはどこだ?」
「2-Eだよ。また一年よろしくね」

それだけで一緒のクラスになれた事を伝え、校内へ入ろうとして――

「やっぱ一君に総司じゃん!」

どこか聞き覚えのあるような、元気の良い声に引き留められた。








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