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侵入に時間がかかった割に、江戸城脱出は驚くほど速やかだった。恐らくヒジカタもここまで追ってくるようなことはすまい。しかし俺はあくまで万全を期す為に屋根から路地裏に飛び降り、物陰からそっと往来を窺った。
人通りの多いこの道は、多くの商店が並んでかなり賑やかだった。城下町のような機能を果たしているんだろう。頭上を見上げるとポケモンスタジアムにあるような巨大スクリーンがビルの上に備え付けてあり、結野アナとテロップの出ている女性が天気予報をしていた。

『ねぇリンク、僕そろそろ出てもいい?』

俺がしばしぼんやりしていると、モンスターボールの中でピカチュウが不満げにそう鳴いた。出来れば俺も出してやりたいが…ピカチュウのその申し出に、俺は首を横に振った。

「駄目だ。もし奴らに見つかったら、俺たち二人だけじゃ今度は逃げ切れない」

『ちぇー』

いじけたようにピカチュウが俺に背を向ける。可哀想だが、仕方のないことだ。根に持たないでくれるといい。
まぁ、同じような理由で俺もしばらく狼にならない方がいいだろう。となると匂いが辿れなくなるのが厄介だ。これではロイたちや銀時たちと合流出来ない。

どうしよう。

なんとはなしに俺は視界をめぐらせた。解決の糸口を探していたのかもしれない。
その時、俺は道路を挟んで反対側の路地裏に、俺と同じように物陰から往来の様子を窺っている人間を発見したのだ。しかも――嗚呼、なんたる幸運。ソイツは、俺の知り合いだった。

「レッド!」

この時ばかりは慎重さをかなぐり捨て、声を張り上げて物陰から走り出す。相手は俺を見つけると、しかし安堵したように少しだけ表情を緩めた。

「無事だったか」

結局俺が道路を突っ切り、レッドは物陰から少しだけ顔を出して俺を待っていた。俺の問いかけにもレッドは僅かに頷くだけで、声は出さない。無口な奴なのだ。

「他には誰かいないのか。ピカチュウならここにいるが」

訳あってモンスターボールから出せないのだ、と言えばレッドは気の毒そうにピカチュウの入ったモンスターボールを一瞥した。が、すぐに気の毒そうな顔を気まずそうな顔に変えて、レッドは視線を泳がせる。
――おや、レッドの様子が。

レッドは無口だ。一緒に生活をしていても、あまり声を聞かない。乱闘の時はポケモンに指示を出す為に声を張り上げているが、そうじゃない時は単語くらいしか喋らないのだ。
だが、こういう時くらいはきちんと喋って説明して欲しい。

「どうした?何かあったのか」

「…拾った」

「は?何、を………」

唐突に喋ったレッドは、“拾った”と言って彼の背後にいた何かを指差した。そして俺は、見た。

レッドの背後で無表情に佇む、アヒルとペンギンの亜種のような白いハリボテを。

「エリザベス…って名前なんだって」

「名前があるのか!って動いた!!」

白いハリボテことエリザベスは、どこからともなく『よろしく』と書かれた立て看板を取り出して、やはり無表情に立っていた。

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