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「テメェ、誰だ」

立ち上がって服に付いた埃を払い、タバコに火をつけたヒジカタは、恐らく分かっているだろうことを尋ねてきた。ピカチュウがモンスターボールの中で嬉しげにヒジカタに手を振っているのが分かったが、万が一再びカムイたちと出会ったときのことを考え、ピカチュウにはこの中でおとなしくしていてもらうことにする。

「リンク。一度会った。あの時俺は狼の姿をしていたが」

ちなみにピカチュウはここにいる、とモンスターボールを見せれば、ヒジカタの目には確信が宿った。

「にわかに信じ難いが…テメェとあの狼は同一人物ってことでいいんだな」

「物分かりがよくて助かる」

俺はヒジカタのこの柔軟さを期待していた。つまり、俺は賭けに勝った訳だ。
が、唐突にヒジカタの纏う空気が殺気を孕む。おや、と思う前にヒジカタは腰に差した刀を抜き払っていた。

「な、にを…?」

「言ったはずだ。次会ったら逮捕する、とな」

「――そういえば」

ヒジカタの刀は、少しもぶれることなく俺の喉元を捉えていた。しかしヒジカタを恨みはすまい。俺たちは利害の不一致で敵対しているのではなく、立場上敵対しなければならないだけなのだから。

「江戸城への不法侵入。要人暗殺の密謀。公務執行妨害に、あと密入国と不法滞在…罪状はいくらでもある。神妙にお縄につきやがれ」

ぎらりとヒジカタの眼光が鋭さを増す。俺はごくりと唾を飲んだ。

しかし、俺としてもここでおとなしく捕まってやる訳にはいかない。

「…生憎だが、出来ない相談だ」

「だろうな」

刹那、視認すら許さぬ速さでヒジカタの刀が俺に襲いかかった。それを手甲でそらして飛び退り(手甲はあっさりと裂けて右手に斬り傷が出来た。刀の切れ味は相当なもののようだ)、ヒジカタとの距離を取って背中の剣を抜く――ことはせずにクローショットを取り出した。

「…三十六計、逃げるにしかず」

『逃げるが勝ちって話ね』

「あ、こら待て…っ!」

ヒジカタに背を向け、ピカチュウの茶々入れにも動じず、俺は近くの窓を突き破って空中に踊り出た。そのまま落下…など勿論せずに、近くの家屋の屋根にクローショットを当て、屋根から屋根を渡りついでとうとう江戸城の外に出る。既に振り返った先にヒジカタの姿は確認出来ないほど小さくなっていて、俺はようやく安堵の溜め息を落とすのだった。

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