25
「あ…ありがとう…ございます」
差し出された白い手に、自分の手を乗せる。着物の女の人の手を借りて、僕は立ち上がった。
けれど、服は砂だらけで、膝小僧を擦り剥いている。少し鼻の天辺も痛い。
「あらまぁ…膝がずるむけちゃってるわ。消毒しないと」
着物の女の人は、僕の正面でしゃがみ込んだままに言う。改めてよく見ると、着物の似合うすごく綺麗な人だ。
「…坊やたち、お母さんはどこ?」
突然、女の人が尋ねてきた。
「へ」
「あ、僕たち二人でここに来たんだ。お母さんはいないよ」
僕が何も言えないうちに、ネスが答える。事実だけど、どうしてこうすらすらと口が回るのだろう。
女の人は一瞬不思議そうにして、それからにっこり笑った。
「そう、小さいのに凄いわね。そのままじゃ痛いでしょうから、私の家へいらっしゃい。お水で洗って消毒しましょう」
「え…そんな」
悪いです、と言おうとしたけど、それより先に「良かったね、リュカ!」とネスが満面の笑みで言った。――ネス、君は既に遊んでいるんだね…僕で。
いや…これは遊んでるんじゃない。情報収集の為に、現地の人とふれあってるんだ、リュカ。そう思い込め。
――結局、僕も子供らしい笑みを浮かべて、その女の人のお家にお邪魔することになった。
「坊やたち、名前は何て言うの?」
すぐ近くだという女の人の家に着くまでの短い道のりの最中、着物の女の人はそう問うてきた。
「ネスだよ」
「リュカ…です」
「そう、可愛い名前ね」
またにこりと女の人は笑う。着物もそうだけど、この女の人には笑顔がよく似合う。そういえば、と思い至り、僕は口を開いた。
「お姉さんの名前は?」
「私?私は、妙(たえ)。お妙って呼んで」
「お妙さん?」
「そう」
やっぱりだけど、僕たちには聞き慣れない音の名前だ。ちらりとネスを盗み見ると、ネスも少し不思議そうな顔をしていた。…僕たち、英語圏の人間だからね。
立ち並んでいる家屋も、木造建ての建物ばかりだ。ただし、それの中にチラホラとハイテクそうな電光掲示板があったり、巨大スクリーンがあったり、往来の真ん中をパトカーが通ったり、かと思えばちょんまげ頭のお侍さんみたいな人がいたりするから、僕たちに非常に時代錯誤的な違和感を覚えさせる。
お妙さんも、見事な着物を着こなしていたけど、その手にはコンビニのレジ袋が下げてある。江戸は江戸でも、僕たちの知ってる江戸とこの世界の“江戸”は、どうやら違うみたいだ。
「あぁ、ネス君、リュカ君。ここよ」
お妙さんは、とある大きなお屋敷の前で足を止めた。何かの道場かな?僕は漢字読めないから分かんないけど、母屋と離れに分かれたとても大きな――しかしやや寂れた――お屋敷だ。
スマブラの皆が住んでる場所もお屋敷だけど、あそこは赤レンガの洋館だから、この家とは印象が全く違う。
「大きなお家だね」
心底感心したように、ネスが呟く。僕もそれに同意するようにため息を吐いた。
お妙さんはやっぱりにこにこと笑っていた。
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