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この屋敷に住む子供たちの鬼ごっこは激しい。
遊び盛りの彼らであるから、元気いっぱいなのは大いに結構。しかし、元気いっぱいと彼らのポテンシャルの高さが相まって、それは一種の破壊工作にすらなり得た。
「もう〜、ナナったら!ハンマーは投げちゃ駄目っていつも言われてるでしょ!」
「てへ、間違えちゃった」
こんなことは日常茶飯事。見ている大人も気が気じゃない。
それでもこの子供たちの有り余る元気は、発散の場を求めている。
だったら大乱闘でもしてこれば、とは言うなかれ。彼らは現実世界でのスリルを求めているのだから。
が、ともすれば子供たちの遊戯には危険も伴う。擦り傷切り傷くらいは当たり前。ハンマーを顔面に食らっても3秒以内に立ち上がるタフさがなければ、この危険とは向き合えない。
そのタフさがあったとしても、やはり危険なものは危険な訳で。
「ネス!危ないっ」
「うわぁああ!」
――鬼ごっこに夢中になっていた少年は、階段を踏み外して下へとまっさかさま。それを見ていた子供たちの間から悲鳴が上がる。
不幸中の幸いで、その悲鳴を、その階段の下で、蒼の王子が聞いていた。今にも階段の角に頭をぶつけようとしている少年を助ける為に、マルスは自慢の俊足で彼の元へと駆け寄った。
しかし、悪いことというのは重なるもの。
ネスが体勢を崩した拍子に、彼の背中のリュックからその中身がこぼれ出していた。階段を上っていたマルスは、運悪く少年の持ち物であるヨーヨーを踏ん付けてしまう。
ガツン
と、聞くに耐えない音が響く。一部始終を見ていた子供たちは思わず目をそむけた。
――その瞬間、落下してきたネスのおでこと、ヨーヨーを踏ん付けて転んだマルスのおでこが、激突したのだ。
『…ここは笑うところ?』
ぽつりとピカチュウが呟く。子リンは肩をすくめた。
「とりあえず、合掌しとこうか」
目を回したマルスとネスの周りに集まり、子供たちはこっそりと手を合わせた。
それから数分後、その場にはマルスとネスの死体――じゃなかった、とりあえず二人しかいなかった。子供たちはこの二人の口喧嘩に巻き込まれることを恐れ、怪我人(?)を放置して逃げ出してしまったのだ。
まず、マルスが頭を抱えながら呻き声を漏らした。その声に眉をしかめながら、ネスが上体を起こす。
「いたたた…アンタさぁ、助けに来るならしっかりしてよ!」
勝気な口調でそう文句を垂れるのは、マルス。
「君こそリュックのフタはしっかり閉めろ……おや?」
相手の背中を指差しながら、横柄な口調で不平を述べるのは、ネス。
二人はお互いを見つめ、それから自身の体を見下ろした。そして、叫ぶ。
「「あぁぁぁぁぁぁ!!!」」
「…で、話をまとめるとだな」
白衣姿で余人には読めない文字をカルテに書き込んでから、マリオはボールペンでデスクを叩いた。
その向かいには憮然とした表情を露にしたマルスと、涼しい顔をしたネスが回転イスに腰掛けている。
「二人は階段で転んで、おでこをぶつけた。そうしたら、どうも精神が入れ替わってしまったらしい…と?」
「ちょっと、訂正してくれない?転んだのは王子だけ。僕は階段から落ちそうになってたの」
即座にマルス――中身はネス――が唇をとがらせて低い声で反論を呈した。その発言に、隣に座っていたネス――これは中身がマルスである――が眉根を寄せる。
「どちらも同じようなものだろう。そもそも僕は君を助ける為に、こんな状態になってしまったんだ。ごめんなさいくらい言ったらどうだ」
少年特有のソプラノボイスが、厭味ったらしく告げる。マルスはらしくもなく立ち上がってじだんだを踏んだ。…何度も言うが、マルスの中にはネスが、ネスの中にはマルスが入っている。
マリオもややこしそうに二人を見上げ、とりあえず座るように勧める。二人はお互いを睨み付け、フンッと顔を背けてどさりとイスに落ち着いた。
「…で、だ。解決策はないか、マリオ」
およそ子供らしくない優雅な動きで足を組み、ネスが問う。が、その足は床に届かずぶらぶらと所在無さげに揺れている。マルスはそんなネスを見下ろし、不機嫌そうに回転イスの中で体操座りをした。
二人とも、どうやら現在の自分の体の大きさをよく理解していないらしい。
マリオはそんな二人を見、笑っていいのか憐れむべきか本気で悩んだ。
「えー…と、とりあえずもう一度おでこをぶつけてみる…とか?」
「「それはもうやった」」
驚くほどぴったりのタイミングでマルスとネスが答える。聞けば、異変に気が付いたネス(中身マルス)が、即座にマルス(中身ネス)に頭突きを喰らわせたらしい。が、結局痛いだけで終わり、二人の仲はより険悪になったのだった。
再度、マリオは悩む。今度はこの困った二人組に振りかかった、困った災厄の解決策を模索して。
が、献身的に頭を悩ますマリオに対し、王子と少年は非情だった。
「可及的速やかに精神が入れ替わるクスリでも作りたまえ」
「出来なかったら年の数だけバットで殴るからね」
こんな時だけ息のぴったりな二人は、常と変わらぬ無理難題と暴言を吐いて医務室を去っていった。
一人取り残されたマリオは、ほとぼりが冷めるまで雲隠するか、死ぬ気で精神入れ替わりのクスリを作るかで再び悩むことになる。
医務室から出た、精神の入れ替わった王子と少年は、そのまま談話室でくつろぐ…なんてことはせずに、薄暗く埃っぽい部屋で向き合って沈黙していた。そこは普段は誰も使わない、物置と化した部屋である。
「…さて、これからどうするかだが」
ふてぶてしい仕草で腕を組み、問題を提起する少年。それをじと目で見守る美貌の王子は、長い手足を持て余し気味に揺らしている。いわゆる貧乏揺すりだ。
「さっさと元に戻る方法を探す。それだけでしょ」
苛々と王子が舌打ちした。少年はわざとらしく眉尻を下げた。
「全く、君は遊び心というものがないのかい?少しはこの状況を楽しむ気はない、と?」
「…楽しむ…?」
そこで初めて、王子の瞳に好奇心の光が宿る。二人は目だけで頷き合うと、にんまり笑って歩き出したのだった。
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